埋木帖

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死刑に抑止力はあるのか(後編)

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東京拘置所の刑場、2010年に初めて公開された(出典:http://www.news24.jp/articles/2010/08/27/07165553.html

日本の抑止効果研究

日本における死刑の犯罪抑止効果を統計的に分析した主な研究は3つあります。松村・竹内(1990)、秋葉(1993)、村松他(2017)です。そして、それぞれの結論は抑止効果ありが1つ、なしが2つです。もう少し、詳しく見ていきましょう。

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日本における主要な死刑の犯罪抑止効果研究

結論が異なる2つの研究

松村・竹内(1990)は、日本で初めて死刑の犯罪抑止効果を分析した研究です。

それまでアメリカの研究でよく使われていた「アーリック・モデル」というモデルを日本に適用し、死刑の犯罪抑止効果の検証を行いました。アーリック・モデルは、基本的に経済学の考え方に基づいたモデルで「犯罪者は自らの効用を最大化するために犯罪を行う」と仮定しています。

この研究のモデルでは、殺人件数の決定要因として、検挙率・殺人で有罪判決を受けた者の内死刑判決を受けた者の割合・平均収入・失業率・生活保護者比率・20代男性の人口比率・高等教育在学者比率を使用しています。

また、細かい話ですがlogをとったパターン、指数型関数での推計など計4パターンのモデルで推計を行っています。

そして、この分析の結果、どのパターンでも「殺人で有罪判決を受けた者の内死刑判決を受けた者の割合」の係数(つまり、死刑の係数)は統計的に有意なだけのマイナスの値をとりませんでした。(それどころか、統計的に有意ではありませんが、係数はプラスの値をとっていました。

つまり、死刑の犯罪抑止効果は認められませんでした。

この松村・竹内(1990)と逆に死刑の抑止力を認めた研究が秋葉(1993)です。

秋葉(1993)でも、アーリック・モデルを使用し日本における死刑の犯罪抑止効果を検証していますが、この研究では死刑の係数が統計的に有意でマイナスの値を出しています。

こちらの研究では、松村・竹内(1990)と比べ、より多くの要因を加えてこそいますが推計期間は、ほぼ同じ。参考にしたモデルも同じにもかかわらず正反対の結果を導いています。

なぜ、このような逆の結果になったのか。結局、死刑に抑止力はあるのか、ないのかについて長らく分析は行われてきませんでした。

なぜ逆の結果になったのか

しかし、最近になって、ようやく研究が行われるようになりました。

まず、松村・竹内(1990)と秋葉(1993)で、なぜ逆の結果が導かれたのかについて森(2016)が分析を行いました。

森(2016)は、2つの研究を再現し、さらに推計期間をもとの研究より拡大し、再度分析を行いました。その結果、実は両研究で使われてたデータの定義が若干異なっていたことが判明しました。また、秋葉(1993)のモデルを使用して推計期間を拡張した結果、死刑の抑止効果が消えてしまう、つまり秋葉の研究で見られた抑止効果は、あまり頑健な結果ではなかったということも明らかになりました。

また、森は両研究とも「多重共線性」の問題を抱えている可能性を指摘しています。多重共線性とは、要因間の相関があまりに大きいと発生する問題で、多重共線性があると本来プラスになるべき係数がマイナスになったり、またその逆になったりすることがあります。

森(2016)は多重共線性が発生しているか否かの指標を用いて、この可能性を指摘しています。

抑止効果研究の難しさ

ここまで見てきて言えることは死刑の抑止効果に関する統計分析は非常に難しいということです。松村・竹内(1990)も秋葉(1993)も同じモデルを参考にして推計を行いましたが用いたデータの定義が若干異なったり、推計期間が変化したりするだけで死刑の抑止効果が「ある」という結論も「ない」という結論も導きうるわけです。

このように、モデルのわずかな違いで結果が大きく変わる死刑の抑止効果研究は、時に不思議な結論も出してきました。

Sakamoto et al.(2001)では、日本における死刑報道と犯罪件数について分析を行い、死刑には殺人を増加させる効果があるという結論を導き出しました。

このような死刑の犯罪 “増加” 効果は、アメリカの研究でも報告されており「brutalization effect(残忍化効果)」として知られています。この残忍化効果の説明としては、「死刑を行うことで人を殺してもいいという規範を国家が示し、人々が模倣する」というような説明がなされます。

しかし、この説明はまったく直感的ではないですし、実際に「自分も国をまねて人を殺そうと思った」という犯罪者が報告された事例は聞いたことがありません。おそらく、この残忍化効果もモデルのわずかな違いがもたらした結果に過ぎないのではないかと個人的には考えています。

日本の最新研究

日本における死刑の犯罪抑止効果研究で最も新しい研究が村松他(2017)です。

※「松村」と「松村」で紛らわしいですが別の方です

村松他(2017)では、これまでの松村・竹内(1990)や秋葉(1993)とは少し異なる推計手法を用いています。時系列分析でよく使用されるVARモデルというものです。

そもそも、日本のように死刑と犯罪について時系列データしかない場合、時系列分析を行う必要があります。しかし、時系列分析は、それだけで本が一冊出来上がるほど、クロスセクション分析やパネル分析とは手法が異なります。村松他(2017)では、使用するデータの特性を考慮しVARを選択したようです。

そして、この研究の結果は「死刑に犯罪抑止効果はない」というものでした。

日本における主だった死刑の抑止効果研究のうち、松村・竹内(1990)と秋葉(1993)がモデルに問題を抱えている以上、日本における最も信頼のおける研究は現時点では村松他(2017)ですから、現時点で日本においては死刑に犯罪抑止効果は確認されていないという暫定解が適切です。

また、3つの研究を同列に考えたとしても、抑止効果を認めた研究は秋葉(1993)しかなく、その秋葉も森(2016)による再検証の結果、抑止効果は確認できなかったわけですから、やはり抑止効果はないと言わざるを得ないでしょう

抑止力を規定する唯一の要素

とはいえ、外国の研究を見てみると、やはり死刑の犯罪抑止効果を認めている研究も存在します。結局、死刑に犯罪抑止効果があるのか否かは個々の研究を見るだけでは何とも言えません。

そこで、参考にすべきなのはメタアナリシスです。メタアナリシスとは、複数の研究を統合して分析する手法のことです。

Gerritzen and Kirchgässner (2016)では、1975年から2013年の間に刊行された109の先行研究を用いてメタアナリシスを実施し、死刑の犯罪抑止効果を規定する唯一の要因を明らかにしました。

それは筆者の職業です。

つまり、109の先行研究を分析した結果、死刑に犯罪抑止効果があると結論付けた論文の共通項は、使用したデータの種類や分析手法、どのような要因をモデルに組み入れたかといった技術的なものではなく、筆者が経済学者であったことでしかなかったのです。

ようは、経済学者が死刑の犯罪抑止効果研究を行うと抑止力があると結論づけ、経済学者以外(法学者や社会学者など)が分析を行うとないと結論付けていたのです。

この結論について筆者らは「経済学者は人々の行動をインセンティブで説明するため、人々は死を恐れて犯罪に走らないと仮定し、抑止効果を認めたのだろう」と説明しています。

実に元も子もない結論ですが、死刑の抑止効果研究については現段階でも、この程度のものに過ぎないのでしょう。

2012年にアメリカの学術機関である「全米研究評議会」は死刑の抑止効果研究について報告書を出し以下のように述べています。

現在までの死刑の抑止効果に関する研究は、死刑が果たして殺人率を減少させるか、増加させるか、あるいは無関係であるかについて意味のある情報を提供できない

さらに報告書では、今後抑止力を根拠に死刑議論を行うべきではないと結論づけています。

刑事司法政策分野でもEBPM(科学的根拠に基づく政策形成)が叫ばれる中、死刑制度を存続させるなら何を根拠とするのか考える必要性がありそうです。

参考文献

  • Gerritzen, B. and Gebhard Kirchgässner (2016) “Facts or Ideology: What Determines the Results of Econometric Estimates of the Deterrent Effect of the Death Penalty? A Meta-Analysis” http://file.scirp.org/pdf/JSS_2016062814100929.pdf
  • National Research Council(2012) ”Deterrence and the Death Penalty. Committee on Deterrence and the Death Penalty”, edited by Daniel S. Nagin and John V. Pepper, The National Academics Press.
  • Sakamoto A, Sekiguchi K, Shinkyu A, et al. (2001) “Does the media coverage of capital punishment have a deterrence effect on the occurrence of brutal crime? An analysis of the Japanese Time-Series Data from 1959–1990,” Kuo-Shu Yang, Kwang-Kuo Hwang, Paul B. Pedersen, Ikuo Daibo ed. Progress in Asian social psychology : conceptual and empirical contributions, pp.277-290.
  • 秋葉弘哉(1993)『犯罪の経済学』多賀出版
  • 松村良之・竹内一雅(1990)「死刑は犯罪を抑止するのか -アーリックの分析の日本への適用の試み」『ジュリスト』No.959,pp.103-108.
  • 村松幹二・デイビッド・T・ジョンソン・矢野浩一(2017)「日本における死刑と厳罰化の犯罪抑止効果の実証分析」浜井浩一編『シリーズ刑事司法を考える第6巻 犯罪をどう防ぐか』岩波書店、pp.157-182.
  • 森大輔(2016)「日本の死刑に関する2つの計量分析の再検討」2016年度法と経済学会