埋木帖

政策をテーマにエッセイをつらつら書きます

「シン・ウルトラマン」で学ぶ行政学 ~第0回「防災庁」構想~

復興庁が入る中央合同庁舎第4号館(右)と内閣府防災担当が入る中央合同庁舎第8号館(左)、いずれもwikipediaより

ご無沙汰してます。少し時間があったので、いつぞやに書いて反響のあった「シン・ゴジラで学ぶ行政学」(全5回)の二番煎じ企画として「シン・ウルトラマンで学ぶ行政学」と題して久しぶりに記事をアップしようと思います。

 

シン・ゴジラ」から学ぶ行政学はこちら↓

umoregicho.hatenablog.com

 

とはいっても、「シン・ウルトラマン」の公開は5月13日(金)なので、関係者でも何でもない私は内容が全く分かりません。

しかも、事前情報もあまりないので、テイストも「シン・ゴジラ」から変わっている可能性は大いにありますので、この企画が果たして成立するのかも定かではありません。ただ、予告編や公式サイトを見ると気になる言葉が載っています。

 

「防災庁」

 

今回は、この「防災庁」についてご紹介したいと思います。

 

「防災庁」とは、どのような組織か

「シン・ウルトラマン」では主人公の神永新二(演・斎藤工)らは「防災庁 禍威獣特設対策室専従班(通称・禍特対)」に所属しています。

shin-ultraman.jp

公式サイトには

「次々と巨大不明生物【禍威獣(カイジュウ)】 があらわれ、その存在が日常となった日本。通常兵器は全く役に立たず、限界を迎える日本政府は、禍威獣対策のスペシャリストを集結し、【禍威獣特設対策室専従班】通称【禍特対(カトクタイ)】を設立。」

とありますので「シン・ゴジラ」の巨災対に近いイメージで良いと思いますが、巨災対とは異なり上位組織として「防災庁」と銘打っています。

国には総務省警察庁など様々な省庁(中央省庁)が置かれていますが、2021年9月1日時点で「防災庁」という省庁は存在しません。

www.gov-online.go.jp

ただ、防災庁は単なるフィクションかというとそうでもないのです。

 

現在では少しトーンダウンをしていますが、2019年ごろまで「防災庁を設置すべきだ」という主張が多くなされていたからです。例えば元自民党幹事長・石破茂氏は「防災省設置論」をかねてから主張していた一人です。

www.asahi.com

また、関西地方の自治体で構成する「関西広域連合」も常設の防災機関として防災省(庁)の創設を国に提言しています。

www.kouiki-kansai.jp

なぜ、このような議論がなされていたのか。順を追って、見ていきましょう。

 

なぜ「防災庁」が求められたのか

災害が発生した場合、国のレベルにおいては官邸に首相をトップとする緊急災害対策本部または非常災害対策本部、あるいは防災担当大臣をトップとする特定災害対策本部が設置され、災害対応に当たります。

名称は様々ですが、いずれの場合でも実務レベルでは、内閣府の防災担当などがコアになりながら、関係する他の省庁と連携して対応に当たります。このような「分権的・多元的」な災害対応が、日本の災害対応における特徴です。

一方、多くの諸外国では、日本のような「分権的・多元的」な枠組みではなく、「命令・統制型」の枠組みが取られています。例えば、米国においては国土安全保障省の下に緊急事態管理庁(FEMA)が置かれており、統一的な対応を行っています。

米国と日本の危機管理の枠組みのイメージ(出典:坂本2019)

日本においても、このような防災に関する統一的な組織が必要ではないかという議論の中で、提唱されてきたのが「防災庁」です。

防災庁に関する議論は、大規模な災害が発生するたびに出ては消えを繰り返してきましたが、東日本大震災以降、特に復興庁の設置以降、少し違う局面に入ってきました。

 

特殊な庁「復興庁」の設置

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、岩手・宮城・福島の3県に特に甚大な被害をもたらし、その復興には何年かかるかも分からない状態でした。長期化すると見込まれた復興事業を推進するために、新たに国の機関として設置されたのが「復興庁」です。災害復興の旗振り役として新たに国の行政機関が設置されるのは、1923(大正12)年の関東大震災を受けて設置された「帝都復興院」以来のことでした。

「庁」の設置自体は、近年でもデジタル庁(2021年)や出入国在留管理庁(2019年)、スポーツ庁・防衛装備庁(ともに2015年)がありましたし、今国会でも「こども家庭庁」の設置(2023年予定)が議論されているなど、決して多くはないものの珍しくもない事象です。ただし、復興庁は3つの点でやや特殊でした。

復興庁の特殊性① トップが首相かつ大臣も設置

多くの場合、省のトップは大臣、庁のトップは長官です。

通常、大臣は政治家がなるものですが、長官は政治家ではなく官僚、あるいは外部から任用されます。例えば、現在の水産庁長官は神谷崇氏という農林水産省の官僚の方ですし、文化庁長官は都倉俊一氏という作曲家の方(「どうにもとまらない」や「ペッパー警部」を作曲されています)です。いずれにせよ、選挙で選ばれた政治家が庁のトップを務めている訳ではありません。

一方、復興庁の場合、名目上のトップは首相が務めます。ただ、首相が逐一、復興庁の事務を処理することは現実的ではありませんから、首相を補佐するため復興大臣も置かれています。一般的な庁には政治家でない長官しか置かれないのとは対照的です。それだけ復興庁には強いリーダーシップを発揮することが期待されていたと言えます。

復興庁の特殊性② 局・部・課がない

シン・ゴジラ」で印象的だったのが、登場人物の肩書の長さではないでしょうか。

例えば、野間口徹さんが演じていたのは「立川 資源エネルギー庁 電力・ガス事業部 原子力政策課長」という役柄でした。初見で噛まずに言い切れる自信が一切ない長さですが、なぜこのように長くなるかと言えば「〇〇部」「××課」といった部局名がすべて入っているからです。実際に資源エネルギー庁の組織図を見ると、長官官房(一般企業の総務部門をイメージしていただければ問題ないでしょう)と3つの部によって構成されていることが分かります。これらの下に課が置かれ、それぞれで事務を担当しています。

資源エネルギー庁の組織(出典:資源エネルギー庁HP)

また、これらの局・部・課がいくつ置かれ、どのような事務を所管するのかはすべて法令で定められています。資源エネルギー庁なら経済産業省組織令にどのような部と課を設置し、それぞれが何を所掌するのかがすべて規定されています。

elaws.e-gov.go.jp

このように、通常の省庁では何をどこの部局が担当するのかがカチッと決まっています。

しかし、復興庁は違います。以下は復興庁の組織図ですが、部や課の表記がありません。

復興庁の組織図(出典:復興庁HP)

復興庁では、部や課の数や所掌事務について明確に法令で規定されておらず、最少の単位も課ではなく班となっています。これは復興庁が

復興庁の組織は、任務及びこれを達成するため必要となる明確な範囲の所掌事務を有する行政機関により系統的に構成され、かつ、東日本大震災からの復興に関する内閣の課題に弾力的に対応できるものとしなければならない。(復興庁設置法第5条)

と規定されているためです。

復興庁の特殊性③ 設置期間の定めがある

(復興庁の特殊性と銘打っておきながら今更申し上げにくいのですが)前述の①と②は復興庁発足当初は、まさに復興庁でしか見られない特徴だったのですが、昨年に菅義偉首相(当時)肝いりでデジタル庁が設置されたことで、デジタル庁でも見られる特徴となっています。

ただ、デジタル庁でも見られれない復興庁の特徴がまだあります。それは、復興庁には設置期限があるという点です。

成立した当初の復興庁設置法第21条には、復興庁の設置は東日本大震災発生から10年後である2021年3月31日までとし、それまでに復興庁は廃止されることになっていました。

普通、行政の仕事は終わることが前提にはなっていません。警察の仕事も、福祉の仕事もそこに人が暮らし続ける限り、永続していく仕事です。しかし、復興庁の場合は、復興事業という、ある意味「一日でも早く終わらせる必要のある仕事」をしています。その意味でも、復興庁は設置された時点で、いつか廃止しなければならない庁だったのです。

 

さて、前置きが少々長くなってしまいましたが、この「2021年3月31日までに復興庁を廃止しなければならない」という規定が、前述した「防災庁」の議論につながっていきます。

 

「復興庁の後継組織として『防災庁』を」

復興庁の廃止期限が迫ってきた2019年3月、復興庁の継続議論に加え、防災庁設置の議論が多くされるようになっていきます。

現在もそうですが、この当時も東日本大震災からの復興は、まだまだ途上であり、復興を一元的に担う組織は、2021年3月以降も必要になるという共通認識はあったのでしょう。

ただ元来、政治家は組織をいじるのが大好きな生き物です。この復興庁の継続議論をきっかけにして、以前からあった防災庁の議論が融合し、単に復興庁を継続するのではなく、復興・防災を一元的に扱う組織を創設すべきという主張が出てきます。

具体的には、復興庁と内閣府防災担当を統合し、東日本大震災に限らない災害全般の組織とする案が検討されていたようです。

www.nikkei.com

www.asahi.com

ただ、最終的にはこの防災庁構想は日の目を見ずに議論は収束します。2019年7月の報道では

政府・与党は2021年3月に設置期限を迎える復興庁を当面、存続させる。首相直轄で復興相が補佐する現体制を続け、東北の復興を重視する姿勢を示す。復興庁と内閣府の防災担当の集約は見送る。

www.nikkei.com

とあり、議論の盛り上がりから半年足らずで防災庁構想は消えました。

なぜ、防災庁が実現しなかったのか、『河北新報』は以下のように伝えています。

安倍晋三前首相(66)が率いた官邸は大幅な組織改編につながる復興・防災庁構想には消極的だった。熊本地震(16年)や西日本豪雨(18年)で、官邸中心の危機管理が機能したと考えていたからだ。

被災自治体には異なる懸念があった。福島県の内堀雅雄知事(57)は「復興のトップは引き続き閣僚が望ましい」と防災庁構想をけん制。防災部門との統合により、復興がおろそかになることを恐れていた。

kahoku.news

つまり、①官邸サイドとしては、現状の組織体制でも防災対策が機能しているにもかかわらず、政治的なエネルギーを費やしてまで新しい庁を設置するインセンティブがなかった、②被災自治からしても、防災政策と一体化されることで東日本大震災からの復興の優先順位が低下することを恐れたから、ということになります。

 

「防災庁」創設の必要性はあるのか

2020年6月、改正復興庁設置法が成立し、復興庁は従来の組織体制のまま、その廃止の期限が2031年3月31日まで延長されました。今後しばらくは防災庁の議論はあまりなされなくなるでしょうが、2031年3月に近づいた時や大規模な災害が発生した時に再燃する可能性はあるでしょう。

 

では、実際に「防災庁」を設置する必要性はあるのでしょうか。ここは、個人の意見ですが、現状の限りにおいては、その必要性は低いでしょう。

その最大の理由は、2019年の際の議論と同様に「現行の関係省庁間で連携する体制でも、一定の対応はできている」からです。阪神淡路大震災東日本大震災、そして近年毎年のように発生している風水害などの対応は、非の打ちどころのない素晴らしいものとは言い難いのも事実です。しかし、災害のたびに、そこから得られた教訓をもとにブラッシュアップを重ねてきた現在の災害対応はある程度、機能していると言っても良いでしょう。

逆に、防災庁を設置することによって、現行の体制からどのような点がどう改善されるのか、そこが明確にならない限りにおいては、膨大な政治的なエネルギーを払ってまで取り組む必要性はないのではないでしょうか。

これまでの新たな庁の設置は、新たな社会問題に一元的な対応をするために行われてきました。例えば、1971年の環境庁設置は公害問題に対応するため、2009年の消費者庁設置は食品偽装問題や悪質商法などの消費者問題に対応するための動きです。いずれも、社会が変化する中で対応が求められるようになった”新たな問題”へ呼応する形で”新たな庁”が設置されたと言えます。

では、災害についてはどうでしょうか。いくら災害が多発化・激甚化していると言っても、災害大国である我が国において災害は、新しい問題などではありません。

また、災害対応は確かに統一的な対応が求められる分野ではありますが、所管官庁を一元化しなければならないほどに現在、バラバラな対応しかできていないのでしょうか。むしろ、災害対応についてはややもすると縦割りに走りがちな行政であっても、組織の垣根を越えて対応しやすい数少ない分野と言っても良いと思います。

そのような現状であってもなお、防災庁を設置する必要性は何なのか。防災庁推進論者は、その立証をしなければなりません。

 

劇中の「防災庁」に関する考察

だいぶ現実世界の話に寄ってしまいましたが、最後に「シン・ウルトラマン」の世界に寄せておきましょう。

ここまで読んでいただいた方にはもうお分かりだと思いますが、劇中の防災庁は現行の復興庁をモデルにしていると思われます。防災庁の内部部局である「禍特対」が「課」ではなく「班」となっているのは、まさに現在の復興庁の組織体制のそれそのものです。また、細かい点ですが主要人物のIDカードの発行が「防災庁大臣官房人事課」となっていることから、ここも復興庁と同様に大臣が置かれた庁であることが分かります。(長官しか置かれない通常の庁であれば、大臣官房ではなく長官官房となるはずです)

 

※現在も「内閣府特命担当大臣(防災担当)」は存在しますが、このIDカードから推測すると劇中では防災庁は大臣庁となるため「防災大臣」という肩書になるはずです。(こんなニッチなこと誰が気にするのか)

 

 

 

また、禍威獣の出現が常態化するという新たな社会問題に対応するために防災庁が設置されたというふうに考えれば、防災庁の設置自体は自然です。加えて、主人公の神永新二が警察庁からの出向である他、班長の田村君男(演・西島秀俊)は防衛相防衛政策局、分析官の浅見弘子(演・長澤まさみ)は公安調査庁、汎用生物学者の船縁由美(演・早見あかり)は文部科学省からそれぞれ出向していることから、防災庁が新設の庁あり、独自に採用をしていない(またはそれだけでは十分に人材が確保できない)ために、関係する省庁から人をかき集めているであろうことも想像できます。

 

我ながら、映画公開前だというのに「防災庁」というキーワードだけで、よくここまで書けるなと呆れてしまいますが、少しは映画鑑賞前の補助線になったのではないでしょうか。

私も公開され次第、見に行く予定です。もし、本記事にそれなりの反響があり、また「シン・ゴジラ」と同様に考察のし甲斐がありそうなら、続編を書くかもしれません。

とりあえずは見てからの判断ですかね。では、公開を心待ちにしつつ、GW明け頑張りましょう。

 

参考文献

  • 坂本眞一(2019)「「防災・復興庁」をめぐる議論とその示唆」『福岡大学法学論叢』No.64, Vol.3, pp.609-625.