埋木帖

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厚生労働省 裁量労働制データ問題の“本当の深刻性”

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出典:https://www.asahi.com/articles/photo/AS20180219001504.html


通常国会が始まり1か月ほど経ちましたが、国会では厚生労働省が提出した裁量労働制に関するデータを巡り論戦が繰り広げられています。

首相の答弁撤回に端を発したこの問題ですが、私からすると“おかしな”方向に向かっているようで大変苛立たしく見ています。

今回は、この問題のポイントを概観しながら、この議論の背後にある本当の深刻性について触れていきたいと思います。

 

問題の経緯

ここまで問題が紛糾したきっかけは今月14日に安倍首相が裁量労働制にかかわる答弁を撤回したことです。

 

政府は、今国会で提出を目指す働き方改革関連法案の中で裁量労働制の適用範囲を拡大するとしています。

しかし、野党からは裁量労働制によって長時間労働が助長されるのではないかと反発の声が上がっています。

そもそも、裁量労働制とは、一定の残業時間を最初からしたとみなして給料を払う仕組みのことです。

例えば、コンサルタントのような職種は、長時間働いたからといって良い成果物ができるとは限りません。むしろ、長時間だらだらと仕事をしても成果は上がらないでしょう。このような状況では労働時間と給料が比例する賃金体系だと、短時間で効率よく仕事をする人より、長時間だらだら仕事をする人のほうが高い給料をもらうことになってしまいます。そのため、裁量労働制のような賃金体系をとると、効率よく仕事をする人は短い労働時間でもきちんと給料をもらえ、逆に非効率な人は長時間働いても給料は上がらないという状況に誘導することができます。

今回の働き方改革関連法案では、この裁量労働制の適用範囲を今より広くしようとしているのです。

しかし、この裁量労働制は「いくら働いても給料は増えない」ということでもあるので、経営者からすれば「定額働かせ放題」のような状況と捉えることもできます。そのため、野党からは、むしろ長時間労働を助長させるのではないかと反対の声が上がっているのです。

 

このような声に対して、政府は「平成25年労働時間等総合実態調査」から得られたデータをもとに「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」と反論したのです。

それが、安倍首相が撤回した答弁でした。

 

その根拠となったデータによると、一般労働者の1日あたりの労働時間は9時間37分で、裁量労働制で働く人は9時間16~20分となっていました。

 

この答弁に対し、野党側は「調査そのものの信頼性」を中心に疑義を呈していました。

例えば、希望の党山井和則氏は「一日に二十三時間以上働く人が九人もいる。一時間も寝ていないことになる」[1]と調査によって得られたデータの中に不自然なものがあると指摘し、また時系列としては答弁撤回後になりますが、立憲民主党長妻昭氏も同調査のデータの中に87事業所117件に異常な値があったことを指摘しました[2]

 

このような指摘を受け、厚生労働省が調べなおしたところ、答弁の基となったデータは違う質問によって得られたデータであり、比較することは不適切だとして、答弁撤回に至ったのです。つまり、一般の労働者に対しては「1か月のうちの最長時間」を尋ねていた一方で、裁量労働制で働く人には「単に1日の労働時間の状況」を聞いていただけだったのです。

このように前提が違うデータを単純に比較した不適切な答弁だったのです[3]

これは調査そのものの信頼性にかかわる問題というより「データの不適切な扱い方」の問題と言えます。

 

野党のミスリード

さて、このように見ていくと、今回の問題、実は野党が問題視していた問題と答弁を撤回するに至った問題が違うということが分かると思います。

すなわち、政府が認めた誤りというのは調査を基に単純比較してはいけない2つの数値を単純に比較してしまったというデータの「使い方」の問題です。それに対して、野党が問題視しているのは、調査結果の基となったデータの中に異常な値が見られることを理由に変なデータを出しているのではないかというデータの「作り方」の問題です。

 

この2つの問題ですが、私は政府が主張するようにデータの使い方には大きな誤りがあったのは事実で大問題であると考えますが、野党が主張するようなことは全く問題ではないと考えます。

なぜなら、野党が主張するようなデータの中に異常な値が混じるのは統計調査を行う中では当たり前のことだからです。

 

もう少し丁寧に説明していきましょう。

「一般の労働者と裁量労働制で働く人、どちらの労働時間が長いのか」を調べようと思ったら何をする必要があるでしょう。

まずは、一般の労働者の労働時間と裁量労働制で働く人の労働時間を調べる必要があります。しかし、知り合いの一般の労働者Aさんと、もう一人知り合いの裁量労働制で働くBさんという2人の労働時間を比べるだけで「一般の労働者と裁量労働制で働く人、どちらの労働時間が長いのか」を調べることは出来ません。ここで分かるのはあくまでAさんとBさんの労働時間だけであってAさんの労働時間をイコールで一般の労働者の労働時間としたり、Bさんの労働時間をイコールで、裁量労働制で働く人の労働時間としたりすることは出来ません。

一般の労働者の労働時間と裁量労働制で働く人の労働時間を調べるには、もっとたくさんの人の労働時間を調べる必要があります。

しかし、アンケートの集計などをしたことがあれば分かると思いますが、たくさんの人について調べれば調べるほど変なものが出てきます。調査対象のひとりひとりについて調べる時間をしっかり確保できればいいでしょうが、たくさんの人を調べるとなるとそうもいきません。また、調査に協力してくれる人も全員が全員調査の趣旨を理解しているか分かりませんし、中には忙しいから適当に答える人も出てくるでしょう。そうすると、どうしても変な値が出てきてしまいます。

さて、では今回の場合はどうでしょう。

答弁の基となった「労働時間等総合実態調査」は、11,575の事業所を対象とした規模の大きな調査です。これくらいの規模になってくれば、おかしな数値が相当数まぎれていてもなにもおかしくありません

しかし、野党は、この相当数混じっていてもおかしくない異常な値を取り出して、「調査の信頼性にかかわる」と批判しているのです。

これは、彼ら彼女らがデータの扱いを全く知らないがゆえに出てくる批判でしょう。

(あるいは、それを知ったうえでの批判なら非難のための批判でしかありません)

 

もちろん、このような野党の声についてデータの専門家は

 

 

 

というふうにこのような批判はあたらないという見方をしています。

 

しかし、野党は今日もあって当たり前の異常値を取り出して批判を繰り返しています。

www.asahi.com

 

しかも、これに対し政府与党も「精査する」という姿勢を示しており、不毛なやり取りが続いています

 

繰り返しますが、大規模な統計調査の中に異常値が混じることは当たり前のことです。

問題は、この異常値を適切に処理したかどうかという問題です。

例えば、所得にかかわる調査でも、きちんと生活しているのに所得が0という数値が書かれているなど、おかしなデータが出てきます。そのような場合、異常な値を計上せずに各種の代表値を計算します。

今回の「労働時間等総合実態調査」で、きちんとこのような処理が行われたのかは定かではありませんので、それについて質問をするなら、まだ生産的なのですが・・・。

 

正直、野党側(最近はマスコミもですが)の批判は、問題をミスリードしているだけで百害あって一利なしです。

もう少し、データの扱いについてお勉強してもらいたい限りです。

 

データ問題の本当の問題は霞が関にデータを扱える人がいないこと

しかし、本当にデータの扱いについて勉強をしてもらいたいのは政府のほうです。

今回のデータ問題の本丸は、あくまでデータの扱い方がおかしいという問題です。

単純比較してはいけないデータを持ち出すというのは、本当に言語道断の扱い方です。

まして、重要法案への懸念の声に対する主張の根拠が、このような状況というのは、ずさんにもほどがあります。

しかも、これは氷山の一角に過ぎないと私は思っています。

政府の白書や報告書を見ていると、およそ根拠としては十分でないデータを、あたかも十分な根拠のように示している例が散見されますし、政府の取り組む重要政策の中にも科学的な根拠に基づいているのか微妙な政策がたくさんあります。

このような姿勢は、政策へ投じることができる資源(ヒト、モノ、カネ)が潤沢な右肩上がりの成長の時代なら特に問題もなかったでしょうが、今のように政策へ投じることができる資源が限られた社会においては、根拠薄弱な政策に資源を投じる余裕はありません。

政策実施にあたっては十分な科学的根拠が必要です。

 

しかし、今回のデータ問題で露呈したように、霞が関の中にはデータをきちんと扱える人が少ないようです。

科学的根拠に基づく政策形成を進めるためにも、データの扱いを分かっている人をどんどん霞が関に入れていくべきではないでしょうか。

短期的には、外部のシンクタンクへの調査委託を積極的に進めるべきでしょうし、中長期的には霞が関の“中に”データに詳しい人を入れていくべきです。

例えば、イギリスでは「政府エコノミスト」と呼ばれる社会科学の専門家が国家公務員としてイギリス政府内で常勤で働いています[4]

また、科学的根拠に基づいた政策形成を推進する動きは他にも米国などでもみられます。

これらの動きは、ほとんどの場合、トップダウンの形で進められてきました。

日本も、今回の問題を反面教師として、データの専門家を積極的に政策形成の現場に入れていくべきです。

 

[1] 2018年2月14日 東京新聞夕刊 www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201802/CK2018021402000260.html

[2] 2018年2月21日 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20180222/k00/00m/040/132000c

[3] 2018年2月19日 朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/ASL2K049GL2JULFA033.html

[4] 詳しくは https://www.rieti.go.jp/jp/events/17121901/pdf/1-1_uchiyama.pdf や https://www.rieti.go.jp/jp/events/17121901/summary.html 参照