埋木帖

政策をテーマにエッセイをつらつら書きます

衆院解散の大義「消費増税分の使途変更」って何?

 

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ご無沙汰しております。

ここしばらく忙しかったため、更新をしておりませんでした。

(このへんの事情についても、本ブログの趣旨に近いものがあるので、近いうちにご紹介したいと思います)

ただ、アクセス数を見ると、小さな数ながら毎日誰かにアクセスしていただいていたようです。

おそらく、分からないことがあり、ググった方にアクセスしていたようです。

「今後も、ちょっと丁寧な政策論をご紹介していきたい」と決意を新たにしたところです。

また、よろしくお願いします。

 

 

 

さて、いつの間にか永田町では解散風が吹きはじめ、本日冒頭解散となりました。

「なぜ、このタイミングに解散なのか」「大義がない」「解散権の乱用だ」と各種マスコミや野党から批判されています。

www3.nhk.or.jp

 

安倍首相の主張は「消費増税分の使途変更」について国民の信を問うということらしいです。

しかし、そもそも、この「消費増税分の使途変更」とは、どういうことなのでしょうか?

今回は、安倍さんのロジックに乗って議論を進めてみましょう。

 

これまでの政府の主張:税と社会保障の一体改革

まず、「消費増税分の使途変更」について見ていく前に、日本財政の現状を抑えておきましょう。

ご存知のように、日本は多額の借金(国債)を抱えています。

今年度末には、債務残高は865兆円になる見込みで、これは単年度税収の約15年分に相当します。

しかも、この債務残高は増える一方です。

 

財政規律の指標の一つに基礎的財政収支プライマリーバランス、PB)があります。

これは、国債以外の収支を表す指標です。

例えば、

・収入100万円のうち、50%(50万円)を借入金(借金)で調達し、

・支出100万のうち、25%(25万円)を借金の返済に充てた

・・・としましょう。

このとき、借金にかかわる項目(収入の借入金、支出の返済分)以外の収支は、

・収入が50万円(=100万-50万)、

・支出が75万円(=100万-25万)

・・・になります。

つまり、支出のほうが25万円多い赤字となります。

まあ、借金は返しているけど、返済額以上に借りているから当たり前といえば当たり前です。

この状況、つまりPBの赤字は、債務の増加を意味します。

これでは、債務残高はどんどん増えていくだけです。これでは、いつか限界が来ます。

したがって、PBが赤字なら、債務残高が増加し、逆にPBが黒字なら、借入額以上に借金を返済するので、債務残高は減少します

そのため、政府は2020年までにPBの黒字化を財政目標としてきました。

 

さて、「PBの黒字化を目標としていた」ということは、裏を返せば、「現状、PBは赤字」、つまり、債務残高がどんどん増加するという状況であるということです。

実際、今年度予算を見てみても、国債以外の収入(歳入)は64.7%、国債返済以外の支出(歳出)は75.9%となっており、11.2ポイント分PB赤字となっています。

 

この状況を何とかするには、①国債以外の収入を増やす(税収を増やす)、②国債返済以外の支出を減らす(政策経費を減らす)、のどちらかをする必要があります。

いま、政府は、消費増税によって①国債以外の収入を増やす(税収を増やす)ことを進めようとしているのです。

 

しかし、これには問題があります。

それは、「国民の負担感が強くなる」ことです。

これまで、本来、現役世代の税収によって賄うべきだった公共サービスは、国債という、いわば将来世代の負担によって賄ってきました。

より意地悪い言い方をすれば、将来世代に負担を押し付け、現役世代は負担をせず、利益だけを享受していたことになります。もちろん、これは「タダ乗り」ですから、現役世代にとっては最高の方法です。

しかし、ここで消費増税を行い、今まで将来世代の負担で賄っていた分を自分たちで負担することになりました。すると、今まで負担していなかった分を負担することになるので、当たり前ですが負担感が増えます。しかも、増税分が何らかの公共サービスとして還元されるのであればまだしも、還元されずに、将来世代の負担軽減に使われるのみです。つまり、負担しか発生しないのです。

(まあ、本来、自分たちの受益ですから、自分たちで負担するのが当たり前ですし、その状態に戻っただけですが)

 

これでは、なかなか政治的には合意できません。

そこで、ときの政府は、消費増税分のすべてを将来世代の負担軽減に使うのではなく、その一部を「社会保障の充実」という形で国民に還元し、増税のメリットを感じてもらおうとしたのです。

これが、先の「税と社会保障の一体改革」の概要です。

 

ただ、ほとんどの方は「社会保障の充実」を実感してはいないでしょう。

それもそのはずで、行われた社会保障の充実策というのは、国民全体にメリットがあるものというよりは、「困っている人を支援する」ためのものでした。

代表的な政策が、厚生年金に入ることができる条件を緩和したことです。これにより、今まで定額の基礎年金しかもらえなかった人でも厚生年金に加入することができ、年金受給額が増えることになりました。

この政策は、前々から「必要だ」と言われていた政策なので、素直に評価すべき政策だとは思いますが、やはり、この政策の利益を享受できるのは、国民全体から見れば一部になります。

 

政府としては、「消費増税によって、社会保障を充実して、国民にメリットを感じてもらいながらも、将来世代の負担軽減をしようとした」のですが、ほとんどの人にとっては、「単なる負担の増加」に終わってしまった、ということでしょう。

 

野党や財政楽観論者の主張

政府のざっくりとした考え方は、上記の通りですが、これに異を唱える人も少なくありません。野党や「日本の財政は大丈夫だ」と主張する方々(ここでは、財政楽観論者としましょう)です。

2014年4月に消費増税の第一弾として、消費税が5%から8%に引き上げられました。

これ以降、間違いなく家庭の消費は落ち込んでいます。

これを受け、野党を中心に「10%への消費増税を見送るべきだ」という主張が聞かれます。

(このあたりの議論は、以前、本ブログで書いていますので、そちらをご覧ください)

 

また、財政楽観論者からは、「国債を返済する必要はない、より積極的な財政政策を展開すべきだ」という主張も聞かれます。

彼らとしては、まず今、困っている人たちを助けるために、消費増税を凍結したり、積極的な財政政策を展開したりすべきだと考えているようです。

では、具体的な財政政策とは何でしょうか?よく言われるのが、教育への投資です。

 

今まで、財政政策というと道路整備やダム建設のような公共事業がイメージされていました。しかし、最近では、教育、特に幼児教育(3~5歳児)や高等教育(大学、短大、専門学校など)へ投資をすべきだという主張が増えてきました。

なぜ、最近になって、教育投資の重要性が訴えられるようになってきたのかというと、①日本の教育への公的投資が少ない、②教育投資は投資効果が高い(リターンが大きい)という2つの理由が考えられます。

 

まず、①日本の教育への公的投資が少ないというとは、以前からよく言われていた話ではあります。先日発表されたOECD経済協力開発機構)の統計によれば、日本の教育への公的投資は最下位でした。

www.jiji.com

 

このような状況の中、格差是正などを理由に教育への公的支出を増やすべきだという主張が増えてきたわけです。

 

教育の機会均等という意味では、①の理由はとても重要ですが、政策上より重要視されているのは、むしろ②教育投資は投資効果が高い(リターンが大きい)ということでしょう。

 

どのような教育を、いつ提供するかにとって、投資効果は変化しますが、例えば、幼児教育の投資効果を測った実験として有名な「ペリー就学前プログラム」では、1ドルの費用に対し、17.07ドルの便益があったと計算されています。

ただし、この「ペリー就学前プログラム」は50年以上前にアメリカの貧困地域に住む子どもたちを対象とした社会実験であり、現代日本のようにほとんどの子供たちが何らかの幼保サービスを受けている社会でも、これだけ高い投資効果があるかといえば、そうではないでしょうから、多少差し引いて考える必要はあります。

ただ、多くの人が積極的に教育投資を増やすべきだと考える根拠になっているのは間違いありません。

 

このような理由から、教育の重要性が強調され、先の内閣改造でも「人づくり革命」と題して、積極的な政策転換がされようとしています。

 

ただ、問題はその財源です。

財政楽観論者からは国債発行によって賄うべきだという話や、自民党内からも「こども保険」として、社会保険方式での徴収も案として出ています。

ただ、特に国債発行による財源調達については、さらなる国債の増発を招くとして慎重論も多く出ています。

 

では、「消費増税分の使途変更」とは?

さて、では、いよいよ今回の本丸である安倍首相の主張している「消費増税分の使途変更」とは、どういうことでしょうか。

簡単に言ってしまえば、従来の政府の考え方と財政楽観論者の考え方の間をとった案です。

 

確認しますと、従来の政府の考え方としては、国債発行によって支出を賄っている状況から、税で支出を賄う状況にするため、消費増税を行うという話でした。

一方、財政楽観論者からは、財政問題はたいしたことはないし、消費増税すれば景気に響くから止めるべき。そうではなく、投資効果の高い教育へ積極的に公的支出をすべしという話でした。

 

そこで、安倍さんとしては、教育への公的支出の拡大を、まず進めることにしました。

しかし、その財源を国債で調達するのは、従来の政府の考え方から大きく逸脱してしまいます。そこで、予定されていた消費増税分、つまり借金から税で賄おうとしていた部分の一部を教育財源に充てることで、双方から理解が得られるようにしたわけです。

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出典:

安倍首相 教育・子育てへ2兆円 消費増税分の使途変更表明 (1/2ページ) - SankeiBiz(サンケイビズ)

 

このように見ていくと、今回の「消費増税分の使途変更」が一種の妥協案であることが分かります。

 

この政策変更、間違いなく、教育への公的支出を増やす効果があるでしょうし、それによって助かる人がいるのは間違いない話でしょう。

しかし、決してうまい話ばかりではありません。

 

冒頭、従来の政府の考え方を紹介したときにも説明したように、もともとの消費増税は「今まで将来世代の負担で賄っていた分を自分たちで負担すること」を目的としたものです。しかし、今回の政策変更によって、間違いなく、自分たちで負担しようとしていた分を、また将来世代に押し付けることになります。また、政府が掲げていた2020年までのPB黒字化目標も見送ることになるので、さらにその分、将来への負担となります。

 

日本の財政の持続可能性について検証した慶應義塾大学教授土居丈朗氏の論文によれば、財政再建のための増税を先送りすればするほど、財政の持続可能性を確保するには、将来に過重な負担を押し付けることになると紹介しています。

既に、8%から10%への消費税率引き上げの先送りは2回されており、状況はさらに深刻化しています。私たち自身の利益を重視するか、子どもたちや孫たちの利益を重視するのか。

この選挙は、私たちに利己的になるか、利他的になるかを選ばせる側面もあるのです。

 

参考文献

Schweinhart, L. J.; Montie, J.; Barnett, W. S.; Belfield, C. R. and Nores, N., 2005.  Lifetime Effects: The High/Scope Perry Preschool Study through Age 40. Ypsilanti, Mich., High/Scope Press.

財務省(2017)「日本の財政関係資料(平成29年4月)」

土居丈朗(2008)、「政府債務の持続可能性を担保する今後の財政運営のあり方に関するシミュレーション分析 ―Broda and Weinstein 論文の再検証―」、『三田学会雑誌』100巻4号(2008年1月)、pp.1015(131)-1044(160)、慶應義塾経済学会。

 

画像出典:https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS28H0W_Y7A920C1000000/