埋木帖

政策をテーマにエッセイをつらつら書きます

高等教育無償化を検証する ~第1回 無償化の意味~

今朝の新聞にこのような記事がありました。

 

 高等教育無償化、2案に絞り検討 数兆円規模の財源課題

(2017年8月18日付 朝日新聞

www.asahi.com

安倍政権が掲げる大学などの無償化について、政府は、有力な2案に絞って検討を進める方針を固めた。全国民を対象に在学中は授業料を取らず、卒業後に所得に応じて拠出金の形で納付する案と、一定の所得制限をした上で給付型奨学金を拡張する案の二つ。ただいずれの案でも、数兆円規模で必要ともされる財源の確保策には現時点では踏み込んでおらず、検討が難航する可能性も残る。

 

今年の5月3日の憲法記念日改憲派の集会へのビデオメッセージで安倍首相が初めて言及して以来、政府与党のアジェンダとして取り組まれている「高等教育の無償化」ですが、この記事を見る限り、だいぶ具体的に検討が進んできているようです。

 

時の首相が「高等教育無償化」という特定の政策について言及したため、この政策ありきで事が進むのは当然のことです。

しかし、本当に高等教育無償化ありきで進めてしまって大丈夫なんでしょうか?

今回は、高等教育無償化政策について、シリーズで検証していきます。

 

第1回目の今日は、高等教育無償化の目的について考えていきます。

 

高等教育無償化の目的は何か?

今回、取り上げられている高等教育無償化は、「大学や専修学校にかかる費用負担をなくす」政策です。これは、いわば手段です。

しかし、政策は社会問題を解決するための方法であり、手段には何らかの目的があるはずです。

つまり、今回の高等教育無償化政策にも解決を意図している社会問題(目的)があるはずです。

では、高等教育を無償化することによって解決される社会問題(高等教育無償化の目的)は何でしょうか?

先ほど引用した記事によると

 

意欲があれば大学や専修学校に進学できるようにし、高等教育への機会均等の確保を図るのがねらい。

 

 

つまり、高等教育無償化の目的は「高等教育機会の均等」だということです。

これ、裏を返せば「現在、高等教育機会は不均等である」ということになります。

なぜなら、現状でも教育機会の均等が確保されていれば、わざわざ高等教育無償化政策を導入する必要はないからです。

 

ここまでをまとめると、

 

  • 現在、高等教育への機会均等が確保されていない
  • 高等教育無償化を行う
  • 高等教育への機会均等が実現する

 

・・・と政府は考えているはずである、ということになります。

(いや、安倍首相が憲法改正への布石を真の目的としている可能性もありますから)

 

確かに、無償化すれば、進学を希望している人は経済的理由で進学できないという事態は回避されますから、機会均等は実現しそうです。

 

しかし、ここで2つの疑問が生じます。

  1. 本当に今は高等教育への機会均等が確保されていないのか?
  2. 高等教育への機会均等が確保されて何がよいのか?

 

検証していきましょう。

 

現在、高等教育への機会均等は確保されていないのか?

まず、現在、高等教育への機会均等が確保されていないのかを見ていきましょう。

以下では、話を単純にするため、「経済的理由で進学できないこと」を機会均等が確保されていないとします。

まず、大学の授業料の推移を見ていきましょう。

 

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出典:文部科学省資料

http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/__icsFiles/afieldfile/2015/12/25/1365662_03.pdf

 

ご覧のように、1975年から2014年にかけて大学授業料は上がり続けています。

確かに、授業料が上がれば、進学は難しくなるかもしれません。

 

次に、大学進学率を見ていきましょう。

 

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出典:武庫川女子大学教育研究所

http://www.mukogawa-u.ac.jp/~kyoken/13.pdf

 

これを見てみると、大学授業料が上昇している一方で、進学率も上昇していることが分かります。

本来、大学の高額な授業料が教育機会の均等を阻害しているなら、大学授業料が上昇すれば、進学率は減少するはずです。

しかし、現実にはそうなっていません。

これは、すでに高額な授業料を払うだけの価値を高校生(あるいは、その保護者)が感じているからかもしれません。

 

いずれにせよ、全体的な傾向としては、経済的理由が高等教育への機会均等を阻害しているとは言い切れません。

このことは、全員を対象とする高等教育無償の必要性を大きく減じます。

 

しかし、これはあくまでマクロの話であり、ミクロな話で見るとどうでしょうか?

つまり、ひとり親や家庭の経済状況が厳しく、やはり授業料を支払えず、進学を断念している人々が存在しているのかという話です。

結論から言えば、もちろん存在します。

 

例えば、2010年に全国の高校の進路指導担当教員を対象としたアンケート調査で「大学進学を断念した理由で多いものは」との質問に対し、76.3%が学費などの費用を、その理由として挙げています。

 

また、あしなが育英会が行った調査では、親を失って就職を希望する高校生のうち50%が経済的理由で進学を断念したとの結果が出ています。

 

(引用:https://www.pref.shizuoka.jp/bunka/bk-130/documents/01siryou-09.pdf

 

確かに、このようなケースに対応する意味では、政策は必要かもしれません。

しかし、今年度から要件が緩和され、希望者全員に奨学金が支給されています。

 

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出典:日本学生支援機構資料

http://www.jasso.go.jp/about/ir/minkari/__icsFiles/afieldfile/2017/03/14/29minkari_ir.pdf

 

すなわち、既にすべての人に高等教育への機会均等が実現していると言えるのです。

 

高等教育への機会均等が実現されると何がよいのか?

とはいえ、現状の機会均等の実現は、あくまで奨学金によるものです。

奨学金は、将来的に返済をしなければならないので、実質的には個人が負担しているにすぎません。

今回の高等教育無償化政策は、(文字通りに受け取れば)学費の負担を個人から、政府の負担に変えるという見方もできます。

確かに、政府によって実質的にも費用負担をしてもらえるのであれば、さらに進学へのハードルは下がるでしょう。

 

しかし、政府が費用負担をしてまで機会均等を図る必要性はあるのでしょうか?

これを考えると、2番目の疑問「高等教育への機会均等が確保されて何が良いのか?」という疑問にも、つながってきます。

 

ちょっと、ここの話は長くなるので、次回で見ていきます。