埋木帖

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「シンゴジラ」で学ぶ行政学 ~第4回 描かれざる“泉ちゃん”の活躍「事前審査制」~

シン・ゴジラ」を通して、行政学を学ぶ本シリーズ、今回は「まずは君が落ち着け」で一躍人気者になった「泉ちゃん」こと、泉修一保守第一党政調副会長(演・松尾諭)を通して、日本の政治・行政の最大の特徴ともいえる「事前審査」を学びます。

 

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ゴジラ対策にも法律の裏付けが必要

劇中で描かれた巨災対自衛隊の働きは、まさに「政策の実施」に他なりません。

後半になると、民有の高層ビルを破壊したり、車両を爆弾代わりに使ったりとだいぶ無茶なことはしていますが、いずれも法律による裏付けがあったはずです。

 

行政が行うことは、すべて法律による規定、またはその解釈によって妥当な範囲で行われます。これが「法律による行政」という近代官僚制の原則です。

 

なぜ、行政の行動に法律の裏付けが必要なのでしょうか。

ポイントは、「民主的正統性」です。

例えば、政治家の場合は、選挙に立候補して、当選しなければ政治家にはなれません。つまり、国民の代表としてふさわしいかを、国民自身が選択しています。

しかし、公務員の場合は、公務員試験を通れば公務員になれます。この採用について、国民がその人が公務員になるにふさわしいかと判断することはありません。

このように試験のみで公務員の登用を決める仕組みを「資格任用制」と言いますが、資格任用制による登用では公務員の民主的正統性は確保されないのです。

しかし、公務員は政策の立案、実施など国民生活に関わる重要な業務を行いますから、なんとかして公務員を民主的にコントロールしなければなりません。

そのための方法の一つが、この「法律による行政」なのです。

法律は、立法機関(国会)で決定されます。

この立法機関の構成員は、民主的に選ばれた政治家です。

民主的正統性が担保された政治家が決めた法律であれば、法律にも民主的正統性があると見なします。

そして、この民主的な法律で規定されたことしか公務員ができないようにすれば、間接的に公務員の民主的正統性が担保される、という考え方が「法律による行政」です。

 

このような観点から、行政は法的根拠がなければ政策実施はできません。

しかし、法律がすべての事態に対処しているかと言えば、そうとも言えません。

「想定外」の事態は、やはり、どうしても起こり得ますし、まして映画のような「ゴジラの出現」への対応策は、法律で十分規定されていないと考えるのが妥当です。

 

では、行政組織は指をくわえて静観しているのかと言えばそうではありません。

対応する法律がないのなら、作ればいいのです。

 

議院内閣制の下での法案提出

法律を作るのが立法で、実施するのが行政なのだから、政府が法律を作るのはおかしいのではないか?」と思う方もいるかもしれません。

確かに、厳密な三権分立を前提とすれば、その考え方は正しいです。

実際、厳格な三権分立を採用しているアメリカでは、行政府の長である大統領に議会への法案提出権はありません。

しかし、日本は、このような厳格な三権分立ではなく、議院内閣制を採用しています。

議院内閣制とは、議会によって首相を指名し、議会と行政(内閣)がともに協力するという形です。議院内閣制は「立法と行政の融合」とも言えます。

議院内閣制の最大のメリットは、円滑な政権運営です。

議会の多数派の支持によって、内閣は成立しているので、基本的には、議会多数派と内閣の間に意見対立は生じません。そうすることで、多数派が必要としている法律を通し、それを実施することが円滑に進めることができるのです。

逆に、厳格な三権分立をとっているアメリカでは、議会と大統領の間で意見対立がおこることはしょっちゅうです。例えば、トランプ大統領は「オバマ・ケア」の見直しを訴えていますが、議会で支持が得られていないため、結局、オバマ・ケアの見直し法案は廃案となっています。

議院内閣制では、このような事態は、まず起こらないのです。

 

議院内閣制の特徴としては、政府提出法案(内閣提出法案、閣法)の割合が高いことです。

日本の場合、法案提出権は、もちろん議員にもありますが、政府にも提出権があります。

そして、提出される法案、そして成立する法案の多くが政府提出法案で、議員提出法案の割合は大きくありません。

これは、議院内閣制下では当たり前ともいえる現象です。

なぜなら、議会の多数派によって内閣が成立しているわけですから、内閣が提出した法案は議会の多数派の意見と同じはずですし、多数派なので可決します。

このような閣法の割合の高さは同じく議院内閣制をとっているイギリスなどでもみられる現象であり、自然なことと解釈した方がよいでしょう。

 

つまり、議院内閣制のもとでは、閣法が、むしろ通常ケースと言えます。

では、閣法はどのように作られるのでしょうか?

基本は、その法案を担当する各省庁の担当課が作成します。

しかし、1つの法案が、1つの担当課の管轄だけで完結するとは限りません。

例えば、ヒアリなどの外来生物の侵入阻止のために新たな法律を作ろうと思ったら、担当する環境省の課だけでなく、港湾関係で国土交通省の担当課や人が被害にあってしまった場合を想定して厚生労働省の担当課とも調整が必要になるでしょう。

また、運輸業界や医療機関、自治体との連携も欠かせませんから、その当事者たる事業者や関係自治体との事前調整も欠かせません。

このような霞が関や利害関係者との調整を経て、最終的に法律案の形としてまとめられ、閣議決定され、国会に提出されます。

 

閣議決定書は、劇中でも描写があったように、総理大臣とすべての国務大臣の花押(サイン)が書かれます。閣議も、「サイン会」と言われるように、この花押を書くのが中心で、大臣間で議論らしい議論は行われません。

首相官邸HPには、閣議の議事録が公開されていますが、見ていただくと分かるように、基本的に報告しかされていません。

これは、閣議前に関係者との事前調整がすべて完了しているためです。

 

ここまでをまとめると、行政は法律によって規定されたことしかできない。しかし、行政として対応が迫られる状況になったときには、議院内閣制の利点を活かし、内閣提出法案をまとめ、国会を通過させ、新たに行政ができることを加えていきます。

内閣提出法案の作成は、中央官庁の担当課が、関係する部署や事業者や自治体など利害関係者と調整をしながらボトムアップ型で作成します。その結果、閣議は事実上、最終確認の場としての機能しか持っていません。

 

このようにして作られた内閣提出法案は国会で、今度は政治家たちによって審議がなされます。しかし、国会中継などをご覧いただければ分かるように、居眠りをする与党議員は多く、野党も中身の審議というよりは日程戦術によって、法案を通過させないようにしているばかりで、実質的な審議はあまり行われていない印象を受けます。

なぜなら、与党議員は、国会で真剣に審議するインセンティブがないからです。

 

事前審査制

 

ようやく、ここで登場するのが「政調」です。

以下では、自民党を想定して説明していきますが、ほかの党でも、同様の仕組みをとっているところが多いです。

 

さて、私は「与党議員が国会で真剣に審議するインセンティブがない」と言いましたが、別にこれは与党議員が怠け者と言いたいわけではありません。

あくまで、「国会で」やる必要がないと言っているだけで、真剣に法案を審議することはしています。むしろ、選挙で応援してくれた有権者や業界団体の考えをできるだけ政策の形に落とし込むため、非常に熱心に法案を見ます。

しかし、その場は「国会」ではなく、「政調」なのです。

 

政調は正式には「政務調査会」と言い、党の正式な会議体の一つです。

政策調査会は、その下に「部会」と言われる、いわば委員会のような会議体があり、「厚生労働部会」「法務部会」「国土交通部会」のように基本的に各省庁と対応する形で設置されています。党に所属する国会議員は、最低2つの部会に所属し、ここで各省庁から提出される法律案の「ご説明」を受けます。

例えば、厚生労働省がたばこの規制法案を提出しようと思えば、この政務調査会の下にある「厚生労働部会」で、担当する官僚が部会に所属する国会議員らに「ご説明」を行います。

しかし、単なる一方的な説明では終わりません。所属する国会議員らは、それぞれの意見や要望を担当者にぶつけます。

そして、あまりに国会議員らの反発が大きければ、法案提出が見送られます。先のたばこ規制法案はまさに厚生労働部会で猛反発をくらった法案です。

もちろん、今回のような例ばかりではありません。担当課も、国会議員の先生方に反発されると分かり切った法案をご説明に行くわけではありませんから、ある程度「忖度」した法案を持っていくはずです。

ただ、部会を通過しても、この次に政務調査会が待っていますので、ここでも同様に国会議員の了承を得る必要があります。

部会と政務調査会は原則、全会一致です。全体的に反発を食らうまでいかなくとも、一部の議員が反発する場合はほどほどにあるでしょう。

このような場合には、部会長や政調会長の腕の見せ所です。

すなわち、政調の役職者が説得にあたるわけです。これが、政調会長が「党内の調整役」と言われる所以です。場合によっては、将来のポストをちらつかせて説得するといったこともあるようです。

 

劇中では、泉ちゃんは政調副会長の任にありましたから、こういった党内調整を行い、ゴジラ関連法の成立に尽力していたのでしょう。

割烹料理屋も、議員の説得のため行っていたのかもしれませんね。

 

そして、このような政調の議論が終わったのちに、今度は総務会に法案はあげられ、ここで了承されると、国会の審議にあたっては、党議拘束がかけられます。すなわち、国会の採決の場で、反対することが許されなくなるのです。

 

このような、国会提出前の与党による調整を「事前審査制」と言います。

つまり、与党の国会議員たちは、この部会や政調といった「事前審査」の場で、意見を既に言って、盛り込んでもらって、あるいは、なんらかの見返りをもって納得しているので、なにも国会でまじめに審議する必要もないのです。

 

しかし、裏を返せば、せっかく国会提出までした法案は、すでに与党の了承をもらっているのですから、廃案になるという事態も避けられます。

事前審査制によって、行政組織も円滑に仕事を進められているのです。

 

しかし、事前審査制は問題があります

それは、審査過程の不透明さです。

国会での審議であれば、議事録は残りますし、今時中継もネットで見られますから、どのような審議を経て、法律ができたかを検証することができます。

しかし、事前審査制の場、すなわち部会や政調会は公開の場ではありませんから、どのような議論が行われたのかは外部の人間が検証することができません。

もしかすると、ある政治家が特定の業界の利益を誘導し、法案を成立させようとした可能性だってありますが、それすら表には出てきません。

 

諸外国でも、このような事前審査制のようなシステムはありませんし、官僚と政治家との接触を規制する国もあるくらいです(イギリスなど)。

むしろ、事前審査制によって利益を被るのは官僚、政治家、そして一部の利益団体のみで、国民全体から見れば、むしろ弊害の方が大きいのではないでしょうか。

 

画像出典:http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160830003201.html