埋木帖

政策をテーマにエッセイをつらつら書きます

児童扶養手当2か月ごと支給の意味

先日、このような報道を見つけました。

 

児童扶養手当、2カ月ごとに 支給時期細分化へ(2017年8月14日付 中日新聞

www.chunichi.co.jp

 

低所得のひとり親家庭向けの児童扶養手当について、厚生労働省は十三日、支給方法を見直す方針を決めた。現在は四カ月ごとにまとめて支給しているが、二カ月ごとにすることを検討している。

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つまり、4か月分をまとめ支給していたものを、2か月分のまとめ支給にする、いわば、それ“だけ”の制度変更です。

イメージ図にもあるように支給総額が増えるわけでもありません。

この制度変更に一体どんな意味があるのでしょうか?

 

社会保障の「まとめ支給」問題

児童扶養手当は主にひとり親世帯向けの社会福祉給付の一つです。児童扶養手当は、親の収入によって支給額が変化しますが、子どもが一人の場合、1か月ごとに1~4万円ほど支給されます。

では、児童扶養手当は一般的な給与振り込みのように毎月支給されるかと言えば、そうではなく、記事中でも言及されていたように、4か月に1回、4か月分をまとめて支給されます。

このような数か月分の支給額を一括して支給されることを「まとめ支給」と言い社会保障ではよくとられる手法です。

例えば、年金は2か月に1回、偶数月に2か月分まとめて支給されています。

 

多くの場合、このような社会保障給付は指定の口座に振り込まれる形をとります。

この方式だと手数料や手続きの手間が生じるため、1か月ごとではなく、このように数か月分をまとめて支給し、コストの削減を図るのです。

 

支給する側にとっては合理的な方法と言えます。

 

しかし、この「まとめ支給」、当の支給を受ける側にとっては、なかなか厄介な仕組みです。

 

よくあるケースは、支給された直後に過剰に消費してしまい、次の支給日まで生活が苦しくなってしまうことです。

例えば、8~11月分(4か月分)の児童扶養手当の支給は12月に行われます。

1月あたり4万円の支給を受けている場合、12月に16万円を一気に振り込まれます。

12月は物入りですから、12月だけで4万円より多く使ってしまうかもしれません。

そうすると、当たり前ですが、次の支給月の4月まで、4万円未満/1か月でやりくりをしなければなりません。

イメージとしては、給料日直後に使いすぎて、給料日前に厳しくなる状態に近いでしょう。

1か月のやりくりですら、大変な訳ですから、4か月分のやりくりがもっと大変なのは想像に難くないでしょう。

 

今回の支給時期を4か月から2か月にするのは、このようなやりくりの大変さを軽減する目的があるのです。

 

「計画性」の問題か

しかし、ここまでの話だけだと「そんなの計画性がないだけじゃないか」と突っ込みたくなるかもしれません。

確かに、先ほどの例でも支給月に使いすぎなければいいだけの話で、きちんと1か月ごとに1か月分を使ってやりくりをすれば、支給前でも大変な思いはしなくて済みます

前述の通り、もともと毎月支給しているとコストがかかるから、まとめ支給をしているのであって、支給時期の細分化はコスト増につながります。

「計画性のない人間のためにコストを増やす」と考えると釈然としないでしょう。

 

しかし、人間がそもそも無計画だと考えるとどうでしょうか?

例えば、今すぐに1万円もらえるのと、1年後に1万100円もらえるとしたら、どちらをあなたは選択するでしょうか?

おそらく、多くの人は、今1万円をもらいたいと考えるでしょう。

しかし、額だけ比較しても、1年後の1万100円のほうが多いわけですから、1年後に1万100円をもらった方が、明らかに合理的です。

それでもなお、私たちが目先の利益を優先してしまうのは、1年後の1万100円より、今の1万円に大きな満足を得ているからです。

 

このような、目先の利益を優先してしまう行動特性を「現在バイアス」と言い、行動経済学ではよく知られています。

この社会保障給付と現在バイアスを考える先行研究として、Stephens and Unayama (2011)があります。

この研究では、年金の制度変更を利用し、支給月とそれ以外の月の消費行動を検証しています。

前述のように、現在の年金は偶数月に2か月分まとめ支給がされています。しかし、こうなったのは1990年以降の話で、それ以前は3か月分をまとめ支給していました。

この制度変更を利用して、その前後の月ごとの消費額の変化を見てみます。

季節によって消費額の増減はあるため、その月ごとの変化は均一にはなりません。

しかし、もし、人々が合理的な消費行動をしているなら、月ごとの変化があったとしても、制度変更前後で消費の傾向は変わっていないはずです。

 

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グラフの実線が制度変更前で破線が制度変更後です。

見てみると、制度変更前後で消費の傾向が違うことが分かります。

特に、制度変更前は年金の支給月ではなかった、4,6,10月は制度変更後に消費が増えているのが分かります。

この変化は、統計的にも優位な差であり、この結果から、人々は支給月に消費を増やしていると言え、現在バイアスの存在を確認できます。

 

また、支給時期が細分化されたことにより、消費の変動も小さくなっています。

すなわち、これは支給時期細分化によって支給月前のやりくりの大変さを軽減した可能性も示唆しています。

 

このように、現在バイアスは多くの人が持っている、いわば人間の性(さが)のようなものであり、「現在バイアスがある」ことを前提として制度設計を行ったほうが良いのではないでしょうか。

そういった意味で、今回の児童扶養手当の支給時期細分化は、被支給世帯の生活を安定化させる効果が期待できます。

 

しかし、この知見が、本当に児童扶養手当にも当てはまるかは確定的ではありません。

今後、制度変更前後でどのような変化があったのか検証していくことも必要です。

 

参考文献

大竹文雄(2016)「社会保障制度に行動経済学を活かす」日本経済研究センター

https://www.jcer.or.jp/column/otake/print837.html

厚生労働省「児童手当について」

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/osirase/100526-1.html

宇南山卓(2011)「ライフサイクル・恒常所得仮説の検証とマクロ経済学の発展」社会科学研究第63巻第1号、pp.73-90.

http://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/jss/pdf/jss6301_073090.pdf

Stephens, Melvin, and Takashi Unayama (2011) "The Consumption Response to Seasonal Income: Evidence from Japanese Public Pension Benefits." American Economic Journal: Applied Economics, 3(4): 86-118.

https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/app.3.4.86

「シン・ゴジラ」で学ぶ行政学 ~第5回 小塚都知事の苦悩 中央と地方自治体~

シン・ゴジラ」を通して、行政学を学ぶ本シリーズ、今回は「東京都」について見ていきます。

 

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実働部隊・地方自治

シン・ゴジラ」の劇中描写は、政府(つまり、中央)が中心でした。

しかし、一部で描写されていた他の行政組織に「地方自治体(地方公共団体)」があります。

その中心が、東京都です。

劇中では、光石研演じる小塚東京都知事が政府の対応にイライラしている描写がありましたが、あまり描かれている場面は多くありません。

しかし、ゴジラへの対応という意味では、むしろ東京都のほうが大きな役割を果たしていたと言っても過言ではないでしょう。

政府が、いわば企画立案機能を主として担うのであれば、東京都のような地方自治体が担うのは実働です。

 

災害対応のメインは自治体

我が国の、災害対応の基本を定める災害対策基本法では、第5条にこのような規定がされています。

 

第5条 市町村は(略)地域に係る防災に関する計画を作成し、及び法令に基づきこれを実施する責務を有する。

 

つまり、災害対応は市町村が実施する責務があると規定しています。

一方、都道府県は「(前略)市町村及び指定地方公共機関が処理する防災に関する事務又は業務の実施を助け、かつ、その総合調整を行う責務を有する」(同法4条)、国については、「地方公共団体、指定公共機関、指定地方公共機関等が処理する防災に関する事務又は業務の実施の推進とその総合調整」(同法3条2項)と規定されています。

つまり、メインは市町村が対応して、それを応援する形で都道府県、さらに必要なら国が出てくるという役割分担をしています。

つまり、災害対応の第一義的責任は市町村が負うことになるのです。

 

実際、災害対応の最前線で活躍する消防は市町村が管轄する業務です。

例えば、横浜市であれば「横浜市消防局」という消防組織を自前で用意しています。

また、昨今の過疎化で、市町村が単独で自前の消防組織を維持することが困難になってきている地域では、「一部事務組合」という形で、周辺の市町村と共同で消防組織を設置しています。

 

ゴジラ災害対応の東京都の役割

では、今回のゴジラへの対応は、どうだったのでしょうか?

1回目の上陸では、大田区・品川区という東京都特別区の地域に被害をもたらしました。

では、大田区や品川区の消防組織が動いたのかといえば、そうではありません。

 

実は、大田区や品川区は消防組織を持たなければならない市町村にはあたらないため、自前の消防組織を持っていません

 

同様に他の東京23区も消防組織を自前で持っていません。これは、特別区を一人前の市町村として法律上見なしてこなかったからです。

 

例えば、通常の市町村であれば、固定資産税の徴税権を持っています。

しかし、東京23区には固定資産税の徴税権はありません。徴税権は東京都が握っています。

 

近年の地方分権改革により、一昔前と比べればだいぶ東京23区も普通の市町村と同じような権能を有するようになってきましたが、通常であれば市町村が持っている権能を東京都に未だ握られています。

 

消防は、その代表例でしょう。

 

東京都の場合、東京23区の消防を担うために、「東京消防庁」という、東京都の組織が設置されており、これが東京23区の消防機能を担います。

劇中、小出恵介が「新たな避難場所の指定を乞う、どうぞ!」と発言しているシーンがありますが、小出恵介東京消防庁の職員、すなわち東京都の職員です。

このような住民の避難誘導や被災後の救援活動は、このような消防という地方自治体の組織によって担われているのです。

 

消防について、東京23区は、いわば「レアケース」でしたが、同じく災害時に地方自治体の組織として重要な役割を果たす組織に「警察」があります。

警察は、すべての都道府県で都道府県が管轄しています。

大阪府警」「福岡県警」というように、通常、その都道府県名が名前に入っています。

ただ、東京の場合は「東京都警」ではなく、「警視庁」という名前の警察組織が警察業務を担っています。

 

この警視庁のトップが、警視総監で劇中でも恩地警視総監が「現場には交通統制を徹底させます」と発言しています。このような交通整理も都道府県警、すなわち自治体の仕事です。

 

このように見ていくと、私たちの身近なところで実際に動いてくれる行政の仕事の多くが地方自治体によって担われているということが、よくわかると思います。

 

自治体を国もサポート

先ほど、災害対策基本法の条文を見たように自治体が災害対応ではメインの役割を果たしますが、国もサポートは怠りません。

たとえば、市町村で災害対応のため、人手が足りなくなると県や国から人を回します。

また、彼らは本来所属している県や国との連絡役としても機能します。

特に、連絡・調整役として派遣される職員を「リエゾン」と呼びます。

 

劇中で、リエゾンが出ていたシーンがあります。

それは、小塚都知事が自衛隊の派遣を求める際に、「治安出動」による派遣か、「防衛出動」による派遣かについて職員が言い争っていたシーンです。

象徴的なシーンなので覚えている方も多いと思います。

あの議論が行われていた場所としては、東京都庁のオペレーション・ルームですが、あの議論をしていたのは、都庁職員ではなく、各中央省庁から派遣されたリエゾンたち、つまり国家公務員です。

リエゾンは、通常、その身元が分かるように派遣元の役所名が書かれたビブスを着用していますが、劇中でもよく見ると「警察庁」とビブスに書かれています。

警察庁」は、「警視庁」などの各都道府県警を所管する中央官庁です。

このシーンの最後、リエゾンの一人が「でも、総理は渋るよな」と嘆息をついていますが、これは日ごろ首相と近い場所で仕事をしている警察庁職員ならではの発言と言えます。

 

このようなリエゾンたちが、派遣先の自治体でその業務について法令解釈に照らし合わせ判断を行ったり、派遣元との連絡調整をしたりしながら自治体の災害対応のサポートを行うのです。

 

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今回で、「シン・ゴジラ」で学ぶ行政学の最終回としたいと思います。

また、ちょうどいい題材が見つかったら随時更新します。

 

画像出典:http://imagenavi.jp/search/detail.asp?id=10018543

「シンゴジラ」で学ぶ行政学 ~第4回 描かれざる“泉ちゃん”の活躍「事前審査制」~

シン・ゴジラ」を通して、行政学を学ぶ本シリーズ、今回は「まずは君が落ち着け」で一躍人気者になった「泉ちゃん」こと、泉修一保守第一党政調副会長(演・松尾諭)を通して、日本の政治・行政の最大の特徴ともいえる「事前審査」を学びます。

 

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ゴジラ対策にも法律の裏付けが必要

劇中で描かれた巨災対自衛隊の働きは、まさに「政策の実施」に他なりません。

後半になると、民有の高層ビルを破壊したり、車両を爆弾代わりに使ったりとだいぶ無茶なことはしていますが、いずれも法律による裏付けがあったはずです。

 

行政が行うことは、すべて法律による規定、またはその解釈によって妥当な範囲で行われます。これが「法律による行政」という近代官僚制の原則です。

 

なぜ、行政の行動に法律の裏付けが必要なのでしょうか。

ポイントは、「民主的正統性」です。

例えば、政治家の場合は、選挙に立候補して、当選しなければ政治家にはなれません。つまり、国民の代表としてふさわしいかを、国民自身が選択しています。

しかし、公務員の場合は、公務員試験を通れば公務員になれます。この採用について、国民がその人が公務員になるにふさわしいかと判断することはありません。

このように試験のみで公務員の登用を決める仕組みを「資格任用制」と言いますが、資格任用制による登用では公務員の民主的正統性は確保されないのです。

しかし、公務員は政策の立案、実施など国民生活に関わる重要な業務を行いますから、なんとかして公務員を民主的にコントロールしなければなりません。

そのための方法の一つが、この「法律による行政」なのです。

法律は、立法機関(国会)で決定されます。

この立法機関の構成員は、民主的に選ばれた政治家です。

民主的正統性が担保された政治家が決めた法律であれば、法律にも民主的正統性があると見なします。

そして、この民主的な法律で規定されたことしか公務員ができないようにすれば、間接的に公務員の民主的正統性が担保される、という考え方が「法律による行政」です。

 

このような観点から、行政は法的根拠がなければ政策実施はできません。

しかし、法律がすべての事態に対処しているかと言えば、そうとも言えません。

「想定外」の事態は、やはり、どうしても起こり得ますし、まして映画のような「ゴジラの出現」への対応策は、法律で十分規定されていないと考えるのが妥当です。

 

では、行政組織は指をくわえて静観しているのかと言えばそうではありません。

対応する法律がないのなら、作ればいいのです。

 

議院内閣制の下での法案提出

法律を作るのが立法で、実施するのが行政なのだから、政府が法律を作るのはおかしいのではないか?」と思う方もいるかもしれません。

確かに、厳密な三権分立を前提とすれば、その考え方は正しいです。

実際、厳格な三権分立を採用しているアメリカでは、行政府の長である大統領に議会への法案提出権はありません。

しかし、日本は、このような厳格な三権分立ではなく、議院内閣制を採用しています。

議院内閣制とは、議会によって首相を指名し、議会と行政(内閣)がともに協力するという形です。議院内閣制は「立法と行政の融合」とも言えます。

議院内閣制の最大のメリットは、円滑な政権運営です。

議会の多数派の支持によって、内閣は成立しているので、基本的には、議会多数派と内閣の間に意見対立は生じません。そうすることで、多数派が必要としている法律を通し、それを実施することが円滑に進めることができるのです。

逆に、厳格な三権分立をとっているアメリカでは、議会と大統領の間で意見対立がおこることはしょっちゅうです。例えば、トランプ大統領は「オバマ・ケア」の見直しを訴えていますが、議会で支持が得られていないため、結局、オバマ・ケアの見直し法案は廃案となっています。

議院内閣制では、このような事態は、まず起こらないのです。

 

議院内閣制の特徴としては、政府提出法案(内閣提出法案、閣法)の割合が高いことです。

日本の場合、法案提出権は、もちろん議員にもありますが、政府にも提出権があります。

そして、提出される法案、そして成立する法案の多くが政府提出法案で、議員提出法案の割合は大きくありません。

これは、議院内閣制下では当たり前ともいえる現象です。

なぜなら、議会の多数派によって内閣が成立しているわけですから、内閣が提出した法案は議会の多数派の意見と同じはずですし、多数派なので可決します。

このような閣法の割合の高さは同じく議院内閣制をとっているイギリスなどでもみられる現象であり、自然なことと解釈した方がよいでしょう。

 

つまり、議院内閣制のもとでは、閣法が、むしろ通常ケースと言えます。

では、閣法はどのように作られるのでしょうか?

基本は、その法案を担当する各省庁の担当課が作成します。

しかし、1つの法案が、1つの担当課の管轄だけで完結するとは限りません。

例えば、ヒアリなどの外来生物の侵入阻止のために新たな法律を作ろうと思ったら、担当する環境省の課だけでなく、港湾関係で国土交通省の担当課や人が被害にあってしまった場合を想定して厚生労働省の担当課とも調整が必要になるでしょう。

また、運輸業界や医療機関、自治体との連携も欠かせませんから、その当事者たる事業者や関係自治体との事前調整も欠かせません。

このような霞が関や利害関係者との調整を経て、最終的に法律案の形としてまとめられ、閣議決定され、国会に提出されます。

 

閣議決定書は、劇中でも描写があったように、総理大臣とすべての国務大臣の花押(サイン)が書かれます。閣議も、「サイン会」と言われるように、この花押を書くのが中心で、大臣間で議論らしい議論は行われません。

首相官邸HPには、閣議の議事録が公開されていますが、見ていただくと分かるように、基本的に報告しかされていません。

これは、閣議前に関係者との事前調整がすべて完了しているためです。

 

ここまでをまとめると、行政は法律によって規定されたことしかできない。しかし、行政として対応が迫られる状況になったときには、議院内閣制の利点を活かし、内閣提出法案をまとめ、国会を通過させ、新たに行政ができることを加えていきます。

内閣提出法案の作成は、中央官庁の担当課が、関係する部署や事業者や自治体など利害関係者と調整をしながらボトムアップ型で作成します。その結果、閣議は事実上、最終確認の場としての機能しか持っていません。

 

このようにして作られた内閣提出法案は国会で、今度は政治家たちによって審議がなされます。しかし、国会中継などをご覧いただければ分かるように、居眠りをする与党議員は多く、野党も中身の審議というよりは日程戦術によって、法案を通過させないようにしているばかりで、実質的な審議はあまり行われていない印象を受けます。

なぜなら、与党議員は、国会で真剣に審議するインセンティブがないからです。

 

事前審査制

 

ようやく、ここで登場するのが「政調」です。

以下では、自民党を想定して説明していきますが、ほかの党でも、同様の仕組みをとっているところが多いです。

 

さて、私は「与党議員が国会で真剣に審議するインセンティブがない」と言いましたが、別にこれは与党議員が怠け者と言いたいわけではありません。

あくまで、「国会で」やる必要がないと言っているだけで、真剣に法案を審議することはしています。むしろ、選挙で応援してくれた有権者や業界団体の考えをできるだけ政策の形に落とし込むため、非常に熱心に法案を見ます。

しかし、その場は「国会」ではなく、「政調」なのです。

 

政調は正式には「政務調査会」と言い、党の正式な会議体の一つです。

政策調査会は、その下に「部会」と言われる、いわば委員会のような会議体があり、「厚生労働部会」「法務部会」「国土交通部会」のように基本的に各省庁と対応する形で設置されています。党に所属する国会議員は、最低2つの部会に所属し、ここで各省庁から提出される法律案の「ご説明」を受けます。

例えば、厚生労働省がたばこの規制法案を提出しようと思えば、この政務調査会の下にある「厚生労働部会」で、担当する官僚が部会に所属する国会議員らに「ご説明」を行います。

しかし、単なる一方的な説明では終わりません。所属する国会議員らは、それぞれの意見や要望を担当者にぶつけます。

そして、あまりに国会議員らの反発が大きければ、法案提出が見送られます。先のたばこ規制法案はまさに厚生労働部会で猛反発をくらった法案です。

もちろん、今回のような例ばかりではありません。担当課も、国会議員の先生方に反発されると分かり切った法案をご説明に行くわけではありませんから、ある程度「忖度」した法案を持っていくはずです。

ただ、部会を通過しても、この次に政務調査会が待っていますので、ここでも同様に国会議員の了承を得る必要があります。

部会と政務調査会は原則、全会一致です。全体的に反発を食らうまでいかなくとも、一部の議員が反発する場合はほどほどにあるでしょう。

このような場合には、部会長や政調会長の腕の見せ所です。

すなわち、政調の役職者が説得にあたるわけです。これが、政調会長が「党内の調整役」と言われる所以です。場合によっては、将来のポストをちらつかせて説得するといったこともあるようです。

 

劇中では、泉ちゃんは政調副会長の任にありましたから、こういった党内調整を行い、ゴジラ関連法の成立に尽力していたのでしょう。

割烹料理屋も、議員の説得のため行っていたのかもしれませんね。

 

そして、このような政調の議論が終わったのちに、今度は総務会に法案はあげられ、ここで了承されると、国会の審議にあたっては、党議拘束がかけられます。すなわち、国会の採決の場で、反対することが許されなくなるのです。

 

このような、国会提出前の与党による調整を「事前審査制」と言います。

つまり、与党の国会議員たちは、この部会や政調といった「事前審査」の場で、意見を既に言って、盛り込んでもらって、あるいは、なんらかの見返りをもって納得しているので、なにも国会でまじめに審議する必要もないのです。

 

しかし、裏を返せば、せっかく国会提出までした法案は、すでに与党の了承をもらっているのですから、廃案になるという事態も避けられます。

事前審査制によって、行政組織も円滑に仕事を進められているのです。

 

しかし、事前審査制は問題があります

それは、審査過程の不透明さです。

国会での審議であれば、議事録は残りますし、今時中継もネットで見られますから、どのような審議を経て、法律ができたかを検証することができます。

しかし、事前審査制の場、すなわち部会や政調会は公開の場ではありませんから、どのような議論が行われたのかは外部の人間が検証することができません。

もしかすると、ある政治家が特定の業界の利益を誘導し、法案を成立させようとした可能性だってありますが、それすら表には出てきません。

 

諸外国でも、このような事前審査制のようなシステムはありませんし、官僚と政治家との接触を規制する国もあるくらいです(イギリスなど)。

むしろ、事前審査制によって利益を被るのは官僚、政治家、そして一部の利益団体のみで、国民全体から見れば、むしろ弊害の方が大きいのではないでしょうか。

 

画像出典:http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160830003201.html

 

「シン・ゴジラ」で学ぶ行政学 ~第3回 ヤシオリ作戦の裏側 「グレーゾーン組織」~

シン・ゴジラ」を通じて行政学を学ぶシリーズ、今回は「ヤシオリ作戦」の裏で、劇中では描かれていないながらも活躍したであろう「グレーゾーン組織」について学びます。

 

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巨災対だけでは「ヤシオリ作戦」成功はなかった

巨災対は、ゴジラ対応への専従調査班として首相官邸に設置された機関ですが、彼ら・彼女らが全ての実務作業を担ったわけではありません。(さすがに、人手が足りなさすぎます)

巨災対の仕事の中心は、あくまで「ゴジラ対応プランの企画立案」と「そのための調整」で実際にゴジラのサンプル調査や凝固剤の精製等をしたわけではありません。

しかし、これらは誰かがしなくてはならない仕事です。

では、こういった実務は、巨災対メンバーでない公務員がやったのかといえば、それも違います。

 

例として、サンプルの調査分析を考えましょう。

 

ゴジラが初めて上陸した後、ゴジラの正体を探るため、現場に落ちていた身体組織の一部を採取して、調査・分析することになりました。

ゴジラの弱点は何なのか」を探るためには、生物学的な調査が必要な仕事です。

しかし、このような専門的な調査・分析は公務員しかやれない仕事でしょうか?

確かに、専門的な知識や設備は必要でしょうが、それらさえあれば民間の大学や研究機関でも十分できますから、何も「公務員がやる必要」は、あまりないでしょう。

その一方で、今回のゴジラの分析は機密性の高い仕事とも言えますので、そこらへんの民間研究所に分析を頼むのも気が引けます。

そこで、劇中で調査分析を委託されたのが、「理研」です。

 

公的グレーゾーン組織① 独立行政法人

理研の正式名称は、「国立研究開発法人理化学研究所」です。

この「国立研究開発法人」とは、「独立行政法人」の一種です。

独立行政法人(独法)」は名前だけなら聞いたことがあるかもしれません。

独立行政法人とは、簡単に言えば「公務員がやる必要があるわけではないが、完全な民間組織に頼っては提供されないであろう業務を行うための組織」と言えます。

確かに、理研が行っている基礎的な研究開発は、その成果は大変公益性の高いものですが、すぐにビジネス化できるものではないので、民間企業では行えない業務です。

さらに、研究開発自体は、公務員がやる必要性も特にありません。

そこで、この独立行政法人という形で、基礎研究を行っているのです。

独立行政法人は、純粋な民間組織とも行政組織とも言えません。

いわば、「グレーゾーン」な組織です。

独立行政法人の職員の身分は、公務員ではありません。

(職員の身分が公務員である「特定独立行政法人」という独法もあります)

また、資金調達についても国は保証してくれませんし、納税の義務があります。

しかし、政府が野放しにしているかといえば、そうではありません。

独立行政法人は、法律(独立行政法人通則法)の規定に基づき、所管官庁の大臣から「中期目標」という、独法が達成しなければならない、目標が提示され、各独法は中期目標を達成するための、「中期計画」を作成し、大臣から計画の認可を得ます。

独法は、この認可された計画に基づき、運営を行いますが、計画期間が終われば、今度は官庁からの評価を受けなければならず、場合によっては、独法が廃止されます。

このような組織の存廃のかかった評価がなされるため、独法には効率的な組織運営を求められる訳です。

このように政府は、独法をコントロールしながら、効率的に業務を行っているのです。

 

独法は、理研のほかにも、年金の運用を行っているGPIFや奨学金を扱っている日本学生支援機構など様々なものがあり、現在87法人(2017年4月1日時点)あります。

参考:独立行政法人一覧

http://www.soumu.go.jp/main_content/000408998.pdf

 

劇中では、文部科学省が所管している理研によって、公務員でやる必要性はないが、民間に任せるには気が引ける「ゴジラのサンプル分析」業務が行われたわけです。

独法は、名前こそ「独立」ですが、計画の審査や評価がなされる所管官庁の影響は強くうけざるを得ません。

劇中の裏では、文部科学省理研に「この調査分析を最優先でやれ」と指示したのではないでしょうか?

 

公的グレーゾーン組織② 特殊法人

理研のような独立行政法人は、2001年から始まった比較的新しい組織形態です。

しかし、このような政府とも民間とも言い難い組織、「グレーゾーン組織」は、ずっと昔からありました。

その代表格が、「特殊法人」です。

特殊法人の最も身近な例は、JRではないでしょうか。

そう、ヤシオリ作戦の山場の一つである無人在来線爆弾や無人新幹線爆弾。

あれらは、間違いなくJRの協力がなければ実現できなかったはずです。

 

特殊法人とは、個別の法律に基づき設置された法人のことです。

全ての法人に適用される通則法がある独法とは、やや異なります。

また、運営面は独法よりも、かなり所管官庁の影響を受けます

独法は、言っても所管官庁の影響は中間目標、中間計画の認可、事業評価くらいでした。

しかし、特殊法人の場合は事業計画だけでなく、予算や資金調達、長の任命権まで所管官庁の大臣が持っており、官庁の子会社と言っても過言ではないでしょう。

このように、特殊法人は独法よりも、政府の影響力が強いと言えます。

しかし、影響の強さは、裏を返せば、政府による保護とも言えますので、その運営の効率性については批判が続いていました。

独法は、その批判を受け、評価を通じて効率性を確保しようとした新しいグレーゾーン組織なのです。

この結果、かつては113法人あった特殊法人行政改革や独法制度の開始により、数は減少し、今は33法人(2017年4月1日時点)しかありません。

とはいえ、残っている特殊法人はなじみ深いものが多いです。

NTTやJT日本たばこ産業)、日本年金機構中央競馬会は特殊法人です。

参考:特殊法人一覧

http://www.soumu.go.jp/main_content/000411477.pdf

 

また、前述したJRについても、JR北海道JR四国JR貨物特殊法人です。

一方で、JR東日本JR東海JR西日本JR九州は、もとは特殊法人でしたが、完全民営化を果たし、今は特殊法人ではありません。

しかし、完全民営化したとはいえ、JR東や東海は経営層に旧国鉄出身者も残っていますから、政府とのつながりは深いと言えるでしょう。

在来線爆弾はJR東日本、新幹線爆弾はJR東海の協力なくしては実現しませんでした。

おそらく、国交省関係者が頼み込んだのではないでしょうか。

 

ちなみに、公的なグレーゾーン組織として、独立行政法人特殊法人のほかにも、認可法人と言われる政府が直接やるにはなじまない事業を私企業の形態で行っている法人があり、日本赤十字社(政府がやっては、無差別の救援にはなじまない)や日本銀行(金融政策の独立性を担保するため)などが、その例です。

 

私的グレーゾーン組織・業界団体

ここまでは、政府によって設立されながらも、政府とも民間とも言えない組織を見てきました。

しかし、グレーゾーン組織は、これだけではなく、形としては民間が設立したグレーゾーン組織もあります。

それが業界団体です。

例えば、自動車メーカーの業界団体には日本自動車工業会、電力会社には電気事業連合会があります。これらは、形としては、民間企業が集まってできた組織であり、純粋な民間組織に思えます。

しかし、業界団体の多くは、かつて通商産業省など官庁の指導により設立されたものです。

高度経済成長期、日本は護送船団方式と言われる協調体制で経済を回してきました。

このため、政府は民間企業を指導する(よりハッキリ言えば、コントロールする)必要性がありました。

そこで、逐一各企業に指導するよりも業界団体を作り、そこを通じてコントロールしようとしたのです。

また、反対に民間企業としても、業界団体を通すことで政府に要望を伝えやすくするというメリットがあったので、これに応じる形になりました。

今では、官庁による業界の指導権限は縮小したので、官庁側の「コントロールする」という機能は小さくなったと考えられますが、政策立案に際しては、官庁は業界団体を通すことで関係者の意見を聞きやすいですし、逆に企業が業界団体を通じて意見要望を伝える機能は健在です。

 

シン・ゴジラ」の劇中では、ヤシオリ作戦のために必要になった、血液凝固剤の効用試験は厚生労働省を通じて、民間製薬会社に行ってもらっていますし、効果が確かめられた血液凝固剤の精製には経済産業省を通じて化学メーカーに行ってもらい、その輸送や高圧ポンプ車の確保は国土交通省経済産業省を通じて民間各社に行ってもらっているようです。

おそらく、これらの事業が迅速に行われた背景には、日頃からの業界団体を通じた官庁と民間企業との、いわば“協力関係”があったと考えられます。

 

以上、見てきたようにヤシオリ作戦」の成功の裏には、公務員たちの努力とともに、独立行政法人や業界団体など、純粋な政府組織でも民間組織でもない「グレーゾーン組織」の活躍もあったと推測できます

劇中では、この関係が良い方向につながっています。

現実でも、よい面(例えば、独法による効率的な業務運営)もありますが、その一方で、行政の仕事をグレーゾーン組織の行わせることによって、見かけだけ行政のスリム化をしているという指摘があったり、業界団体との強い結びつきは時に、消費者の利益よりも業界の利益を優先させる政策決定につながる可能性があったりするなど課題が多いのも事実です。

 

画像出典:

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-2e-94/hafnersteig_7/folder/1200947/04/70709904/img_10_m?1471045624

 参考文献:真渕勝(2009)『行政学有斐閣

「シン・ゴジラ」で学ぶ行政学 ~第2回 巨災対メンバーから見る国家公務員~

シン・ゴジラ」を通して、行政学を学ぼうということで、第2回の今日は巨災対メンバーを通して、国家公務員のキャリアについて考えていこうと思います。

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そもそも巨災対とは?

まず、「巨災対」とは、ゴジラへの対応策を立案するための組織として設置された「巨大不明生物特設災害対策本部」の略称です。

主人公である矢口蘭堂内閣官房副長官(政府担当)は、この巨災対の事務局長に就任し陣頭指揮にあたります。

 

この巨災対、おそらく首相官邸に設置された「政策会議」の一つだろうと考えられます。

通常、政策の立案は所管官庁の原課(〇〇省××局~課)で行います。

しかし、内閣として特に重要な政策については、総理大臣がよりリーダーシップを発揮しやすい「政策会議」という形で、また別に検討の場を設置します。

例えば、内閣府に設置されている「経済財政諮問会議」は、総理大臣を議長とする会議体で財政に関する基本方針を示す場となっています。

シン・ゴジラ」における巨災対も、おそらく重要な政策として、首相官邸に設置された「政策会議」と考えられます。

実際、実務を担っている矢口は「事務局長」という肩書にとどまっていますが、形式的に大河内総理が「本部長」となっていると考えられます。

 

ちなみに、この「政策会議」は、近年になって特に活用されるようになってきています。

古くは、橋本内閣における第二臨調や小泉内閣経済財政諮問会議は、その典型例ですが、第二次安倍内閣は、政策会議の活用がより顕著で、「日本経済再生本部」「産業競争力会議」など様々な政策会議が設置され、政策の立案を行っています。

 

巨災対のメンバーは何者か

さて、巨災対は、政治家である矢口が事務局長となっていますが、現場を動かしているのは、基本的に国家公務員たちです。

 

例えば、

・・・などです。

 

ここで注目したいのは、彼らの国家公務員としての種別です。

国家公務員には、「総合職と一般職」「事務官と技官」という2つの軸があります。

いずれも、採用形態による違いです。

 

まず、「総合職」は将来の幹部候補として採用される区分で、実際の政策の企画立案を担います。(旧の国家公務員第Ⅰ種試験合格者にあたります)

一方、「一般職」は主に事務処理を担当する区分です。(旧国家公務員第Ⅱ種試験合格者)

総合職は、幹部候補なので昇進のスピードは速く40歳になると基本的に課長になります。対照的に、一般職が課長になるのは定年間際で、課長が事実上の出世の最高位です。

 

また、「事務官と技官」は採用試験の試験科目の違いです。

 

事務官」は「法律」「行政」「経済」などの、いわゆる文系科目の試験を受けて合格した人たちで、国家公務員のトップである事務次官は基本的に総合職の事務官が就任します。

一般的にイメージする「官僚」は、この総合職で採用された事務官でしょう。

 

一方、「技官」は、法律等以外の試験区分「土木」「機械」「建築」などの、いわゆる理系科目の試験で受かった人たちです。

技官は、専門的な知識を使って政策立案に寄与することを求められており、人事異動に際しても同じような部署間を移動していき、専門知識をより深めていきます。

しかし、出世の面では事務官に比べると冷遇されており、基本的に省の事務次官に技官が就任することはありません。

 

しかし、技官にも例外があります。森課長の「医系技官」です。

医系技官は、医師・歯科医師免許を持ち、一般の国家公務員試験とは違う試験によって採用され、課長級までの昇進が約束されています。また、最近になって厚生労働省事務次官級の「医務技監」というポストが設置され、総合職の事務官並みの出世コースが用意されています。

医系技官の特徴としては、やや年長であることです。彼らは医学部や歯学部出身者なので、18歳で大学に入学しても、6年間の課程を経て、24歳になっています。さらに医系技官の多くは大学採用後7~8年たった人も採用されるので、30歳前後での入省となります。総合職の事務官が最年少で、22歳で入省するのと比べるとその差は明らかです。

 

巨災対のメンバーを見てみると、明らかに生物学やエネルギーなど専門知識を有しており、多くが技官と推測されます

また、比較的若いにも関わらず課長や課長補佐に昇進しているので総合職採用と考えられます。

政策の企画立案は総合職採用の課長補佐クラスが主に担当するので、巨災対のメンバーは本来の所属先でも、政策の企画立案を担っていると考えられ、巨災対は専門的知識を駆使して政策対応を行う総合職・技官の集団であると考えられるのです。

未曽有の災害への対策を立案するという意味では最適なメンバーと言えるのではないでしょうか。

 

まとめると、巨災対は本部長を大河内総理とする官邸に設置された政策会議の一つで、実務は政治家の矢口と総合職で採用された技官を中心とする国家公務員によって担われていると考えられます。

 

画像出典:巨災対が示した成功するチームの作り方:日経ビジネスオンライン

「シン・ゴジラ」で学ぶ行政学 ~第1回 矢口から見る日本の内閣と補佐機能~

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ちょうど、1年前の今日「シン・ゴジラ」が公開されました。

私も話題になっていったので見に行ったのですが、ドはまりしまして、劇場で3回見たほどです。

シン・ゴジラ」の特徴は、メインの描写が、一般的な怪獣映画のようなドンパチではなく、主人公・矢口を中心とした日本政府(行政機構)の動きであることです。

しかも、その描写はフィクションの作品にありがちな、行政の勝手なイメージに基づくものではなく、緻密な取材に基づく描写となっており、実際の行政組織のイメージをつかむにはよい題材だと思います。

そこで、今回からは、このシン・ゴジラ」を題材にして、行政学を学ぼうと思います。

 

第1回の今日は、主人公である矢口蘭堂の所属する内閣官房を通して、日本の内閣とその補佐機能を見ていきます。

 

総理大臣の弱いリーダーシップ

日本国憲法65条では「行政権は内閣に属する」と規定され、内閣はいわば日本の行政権の総元締めです。

では、この「内閣」どれだけすごいものかと言えば、中身は内閣総理大臣財務大臣文部科学大臣などの国務大臣十数名だけです。すなわち、内閣は20名程度の人々によって担われた組織なのです。

もちろん、この程度の人数では日本国すべての行政需要に対応することはできませんから、実務を担う役所として国務大臣をトップとする中央省庁があるわけです。

つまり、財務省文部科学省などの中央官庁のトップに国務大臣がおり、国務大臣の上に内閣総理大臣がいる。このうち、総理大臣と国務大臣によって構成されるのが内閣となる訳です。

しかし、この仕組み、ひとつ難点があります。

それは総理大臣がリーダーシップを発揮しにくいことです。

例えば、総理大臣が安全保障政策に熱心だったとしましょう。しかし、この場合、総理大臣は、あくまで国務大臣のトップという位置づけだけなので、防衛大臣を通して、コントロールするという手はありますが、防衛大臣防衛省が総理大臣の思うとおりに動くとは限りませんから、リーダーシップはどうしても制限されてしまいます。(もっとも、そもそも多忙な総理大臣自らが調整すること自体、非現実的です。)もちろん、言うことを聞かない場合は防衛大臣を罷免するといったこともできますが、これは自らの任命が誤りであったことを認めることになるので、実際の運用ではあまり使える手ではありません。

つまり、総理大臣が直接コントロールできる役所がないのです。

 

内閣の補佐機関「内閣官房」と「内閣府

しかし、これではあまりに不都合なので、内閣を補佐する機関として「内閣官房」と「内閣府」が設置されています。

 

シン・ゴジラ」の主人公・矢口蘭堂は、このうち内閣官房の「副長官(政務担当)」という肩書です。

内閣官房」は、内閣官房長官をトップとする役所で、内閣(特に総理大臣)の意向を反映させるために、関係機関と総合調整を行う場所です。

内閣官房のトップは内閣官房長官(劇中では柄本明演じる東竜太)で、国務大臣や与党、国会などとの調整を行ったり、記者会見を行ったりするなど内閣のスポークスマンとしての仕事もします。

そして、そのサブが、内閣官房副長官です。

しかし、内閣官房副長官は1人ではなく3人います。

官僚出身の「内閣官房副長官(事務担当)」1名と政治家である「内閣官房副長官(政務担当)」2名です。政務担当は、衆議院議員参議院議員から各1名出されます。

先ほどから言っているように関係機関との調整が内閣官房の主な仕事なので、「内閣官房副長官(事務担当)」は、官僚出身なので、役所との調整を中心に行います。一方、「内閣官房副長官(政務担当)」は、与党や国会との調整を行います。

公式設定では、矢口は山口3区選出の衆議院議員なので、このほかに事務担当と参議院議員の副長官がいるはずです。

ウィキペディアを見ると、どうやらきちんと出ているようですが、ちょっと、どの場面のどの人かよくわかりません。

 

ちなみに、もう一つの内閣補佐機関である「内閣府」は、調整機能も担いますが、内閣官房に比べれば、それよりは実際の政策の企画立案機能が、より重視されていると言えるでしょう。

例えば、「男女共同参画社会政策」は、その所管が、どこの官庁か判然としない政策です。しかし、重要な政策課題であることには違わないので、どこかの役所が実務を担う必要があります。

このような、所管が曖昧である、あるいは所管が複数の官庁にまたがる政策については、内閣府がその実務を担うことが多いのです。

 

ただ、実際のところ、内閣官房内閣府の役割分担は非常にあいまいです。

ここでは、調整機能を内閣官房、企画立案機能を内閣府と説明しましたが、内閣官房にも企画立案機能は付与されていますし、内閣府も調整は相当行っています。

 

志村から見る内閣官房の職員

内閣官房内閣府は、内閣の補佐機能を担うという機能面とともに、その組織の在り方もよく似ています。すなわち、職員の多くが出向者によって占められているということです。

具体的には、職員のうち出向者が占める割合は内閣官房が約7割、内閣府が約6割ということです。(2013年時点)

劇中でも、内閣官房副長官秘書官である志村(演・高良健吾)は防衛省からの出向です。

「出向」というと半沢直樹のような左遷のイメージもありますが、少なくとも内閣官房への出向は栄転といっていいでしょう。

職員を出向させる出身官庁(志村の場合、防衛省)からすれば、内閣官房という権力の中枢に自前の職員がいれば、最新の動向について情報が得られるというメリットがあります。そのため、内閣官房への出向者は、省内でも“できるやつ”が選ばれます。

志村も、フリージャーナリストの早船と情報交換をするなどの駆け引きにも強いようですから、防衛省内でも一目置かれた存在であると推測されます。

反対に、受け入れる内閣官房も逆に出向者の出身官庁の情報を得られるので、こちらもメリットがあります。

このように、出向者の存在は、出身官庁・受入機関双方にメリットがありますが、その一方で、組織が過度に出向者に依存すると、出身官庁の影響力が強まり、内閣官房内閣府が本来担うべき総合調整に支障が出るという指摘もあります。

 

画像出典:映画『シン・ゴジラ』公式サイト

原理原則論としての「政策の目的」

「政策」という言葉自体は、「安全保障政策」や「農業政策」などの言葉でよく耳にすると思います。

では、「政策」はどう定義できるのでしょうか?

論者によって定義は若干変わってきますが、例えば、秋吉ら(2015)では、

 

公共的問題を解決するための、解決の方向性と具体的手段

 

と政策を定義しています。

つまり、政策は「公共的問題解決のため」に行われることと言えます。

では、「公共的問題」とは何でしょうか?

一般には、「社会で問題だと認識された問題」とされますが、原理原則から言えば、私は「市場では解決できない問題」を「公共的問題」と捉えるべきだと思います。

 

そもそも論として、政府がある理由は「市場(民間)だけに任せておくと生じる不利益を防ぐため」です。

経済学の父と言われるアダム・スミスは、市場を通じて行われる資源配分の効率性を指摘しました。ここでいう、市場の効率性とは、「無駄なく個人の効用を最大化できる」という意味です。つまり、効率性を追求するには、市場に任せておくのがよいと考えたのです。

このように、市場は効率性を達成するには、とてもよい資源配分の仕方です。しかし、「公平性」を市場に求めることはできません。もし、私たちが効率性の追求だけでよいと考えるなら、いいのですが、実際には人々は公平性という観点をとても重視します。市場だけに任せておいては公平性を達成することはできませんから、市場ではない仕組みである政府によって、公平性を実現するわけです。

例えば、所得税累進課税社会福祉生活保護などは所得の再分配によって公平性を担保しようとしています。

つまり、政策の目的として第一に挙げられるのは、市場では実現できない「公平性を実現すること」と言えるでしょう。

 

では、政策の目的は公平性の担保だけでよいのかと言えば、そうではありません。

 

先ほど、市場は効率性を実現するには最も適した資源配分の方法だと言いましたが、市場にも限界があります。市場でさえも、いくつかの場合には、効率性を達成できない(すなわち、資源配分の無駄)を生じさせてしまうのです。市場が不効率になる場合は大きく分けて2つです。1つ目は、「不完全競争市場」です。市場の効率性は、完全競争市場、すなわち複数の売り手と買い手が存在し、それぞれの行動が全体の価格に影響を与えない市場で確保されます。しかし、現在の携帯キャリアが事実上3社によって占められている寡占市場や、1社しか売り手がいない独占市場などの不完全競争市場では、効率性は実現されません。この不完全市場への対応も政府の仕事です。すなわち、独占や寡占のような状況にならないように規制を行うのです。

最近の例ですと、公正取引委員会十八銀行ふくおかフィナンシャルグループの経営統合に待ったをかけたことは、この不完全競争市場を防ぐための政策と言えます。もし、十八銀行とふくおかFGの経営統合が実現されると、この経営統合された新たな金融機関の長崎県内における融資シェアが高くなりすぎ不完全競争市場となってしまうため、これを防いだのです。

市場が不効率になる2つ目の理由は「市場の失敗」です。「市場の失敗」とは、完全競争市場が実現していたとしても、いくつかの場合では、無駄が発生してしまうことを言います。具体的には、公共財、外部経済、情報の非対称性、費用逓減産業です。

それぞれの詳しい説明は、また別の投稿に譲りたいと思いますが、例えば公共財の話をすれば、防衛政策はまさに国防が公共財であるがために政府によって行われる政策の典型例と言えます。つまり、他国からの武力攻撃への対応を行うことの利益は、特定の誰かに享受されたり、逆に利益を享受させなかったりすることはできません。例えば、弾道ミサイルを迎撃したことによって得られる平穏な生活を誰かに送らせないことはできず、その地域の人々すべてに享受される利益です(非排除性)。また、その利益は誰かが享受すると、ほかの人が享受できなくなる類のものでもありません(不競合性)。このような性質をもつ財・サービスは市場を通じてはうまく供給できないため、政府がその担い手となるのです。

 

つまり、政策の目的をまとめると、「市場ではできない利益の追求」となり、これは大きく分けて

1.公平性の実現

2.効率性の確保

の2つあります。また、2.効率性の確保は、さらに

 2-1.不完全競争市場の回避

 2-2.市場の失敗への対応

の2つに分かれます。

このような場合には、政府しか対応ができない問題となるため、政策対応が必要になります。

裏を返せば、市場で対応できる問題に政府は手を出すべきではないとも言えます。

政策を見るときは、「これは政府でなければできないことなのか?」と考えてみるといいかもしれません。